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いつもそこに【6】悪さし始めた魔物

一ヶ月の練習の後、めぐるが最も簡単なハートを描けるようになったため、早速提供することとなった。しかし充弘が手伝いに来ていた時に、注文されることはなかった。ふんわりタワーパンケーキの出も、ものすごく悪い。

事件が起きたのは、それからまた少しした後のこと。
客入りは日に日に落ち込みはじめ、二ヶ月も経つと今までの客入りに毛が生えた程度まで落ち込んでしまっていた。

そんなある日の週末。午後四時、客は若い女性二人組と中年女性グループの二組だけだったが、とても良いことが起きた。
「ハートのラテアート作ってもらえますか?」
若い女性の内の一人がこう注文した。充弘ははい!喜んで!と飛び上がるような声で、注文を受けキッチンで待つ、めぐるにこのことを伝えた。

めぐるは嬉しそうにラテアートを行う。
ふんふんふ〜んという鼻歌交じりの声が聞こえてくる。

充弘が受け取りに行こうとすると、僕に運ばせてくださいと長岡が名乗りを上げた。
浮かれているのと緊張しているのとで、長岡は少しもたついた様子であったが、若い女性の元へ運ぶ。

それから一分と経たないうちに女性と長岡の言い争う声が聞こえてきた。

「ふざけんな!変な言いがかりつけてんじゃねえよ!」
その声に慌てて、充弘が飛び出していく。

「どうなさいました?何かありましたでしょうか?」
「長岡も落ち着きな?」
充弘が必死に場をなだめようとする。

「私がトイレに行っている間にこの店員さんが、ラテアートを持ってきてくれたみたいなんです。でも、ハートがぐちゃぐちゃに崩れていて…。だから、店員さんをお呼びしたんです。そしたら、怒鳴り声を上げられて…」
確かにラテアートは形が不自然に崩れていて、アートと呼べる代物ではない。

「俺が持って行った時は綺麗なハートだった!あんたが崩したんだろ!小さな店だからって足元見やがって!あんたがズルして、ちょろまかそうとしているのは、見え見えなんだよ!」
興奮冷めやらない長岡が激昂する。

「おい!長岡さん、ちょっと待てって」

「私そんなことしていません!」
「そうよ!この子はそんなことする子じゃないわ!それに何もしてないのは私も見てたし!」

「揃いも揃ってか!あんたら大したもんだよ!」
長岡の怒りは収まりそうにない。

「長岡さん!あんたはいいから下がって!」

「お客様、大変申し訳ございません!直ちに新しいものを作り直しますので!」

「もう結構です。帰りますから会計お願いします」
「えっ、あっ、いや、お代は結構ですから。大変失礼いたしました!」
「もう二度と来ません!」
ガチャン!と大きな音を立てて、二人組の女性客は店を出て行った。

その様子を見ていた中年女性グループは「やあねえ」「なんか感じ悪いわあ」と冷ややかな目でこちらを見て、こそこそ話しをした後、帰っていった。

「めぐるさん、その言い難いのですが…」
「私、ちゃんやりました!」
「そうですよ!めぐるさんはしっかりやっていました!あの客がおかしいんですよ!」

「いや、めぐるさんはやったと思うんですが、ほら。みてください」
そこにはもう原形をとどめていない、ただのエスプレッソがあった。

「でも、私はちゃんとやったんです!!信じてください!」
めぐるは必死になって自分の正当性を主張する。

「しかし…」

「お兄さんはめぐるさんが悪いというんですか!私はめぐるさんが綺麗なハートを描いてくれたのをこの目で見ていたんですよ!」

「そうですよ!充弘さん、ひどい。。私頑張ってやったのに」
めぐるはいまにも泣きそうな顔で、瞳をうるうるとさせている。

「にしても、長岡さん。お客様の前であの態度は流石に不味いのでは?一体どうしたんです?」

「初めてで嬉しかったんです。それと、焦っていたのと。すみません、熱が入り過ぎてしまいました。でも店を守りたいと思う気持ちはすごくあったんです。その気持ちが強くなり過ぎました。それでつい。私としたことが。すみませんでした」

「気持ちは嬉しいけどね。でも、次からはどんなことがあっても堪えてくださいね」

「……かしこまりました」

この事件が引き金となったのか、おおよそ判断はつけられなかったがこの日を境に、店の客入りはますます乏しくなっていった。

長岡はこれまで最低賃金のバイト扱いであったが、経営コンサルタントとしてアドバイスをしているのだからと賃金の引き上げを要求。その額は今の倍近い金額を要求してきた。

とてもではないが、払える金額ではなく、なぜ今この状況で要求してきたのかもわからない。いわく、これからもっと本格的に支援することを考えると、これくらいないと助けられないとのことだ。

これに対し、たえさんは長岡くんは役に立つから、まだいてもらったほうがいい。と自らの時短勤務を申し出る。こうしてたえさんは一日勤務から半日勤務、労働日数も半分にカットされることになった。

「私はいいのよ。店が忙しくなってきたらまた増やしてちょうだい」

と快く了承を得る。この辺りからめぐるとの確執も広がりを見せ、充弘が手伝いに来る週末に少しずつ休みを入れるようになっていった。

おかげで店はほとんどお客が入っていないにも関わらず、充弘、大政の二人は激務に追われることになった。というのも、長岡が広告をバンバン打つのが良いと提案し、大政がOKを出したからである。

できるところは自分たちでやろうということで、チラシ作成・ウェブサイトの構築・店内ポップの作成・ポスティング・駅前でのビラ配り・クーポン作成・SNS運用・ブログサービス・コーヒー焙煎講座。をやることとなった。

お互い得意なことがあるとはいえ、その数の多さから疲れの色は隠せない。それに効果が少しでも出ればいいのだが、本当にほんの少ししか影響がなく、継続するか悩ましいところであった。

「これ以上、継続するのは難しくない?」
「……」
「精神的にも肉体的にも辛くなってきたし」
すると大政がこう言った。

「やめていい。一人でやる」

「そうは言ってもさ、ここは一旦考え直すべきだって」

「どこにそんな余裕が!!もうない!!」
普段温度の上がらない大政が、この時は珍しく声を荒げた。

「ムキになったらダメなんだよ。ここは冷静にさ、…」

「兄さんは負債も追ってない!週末の手伝いだけ!!」
大政はまるで性格が変わったように大声をあげ、充弘に食ってかかって来る。その様子は大政の焦りを表しており、充弘にも痛いくらいにそのことは伝わっていた。だからこそ、充弘はまた根拠を探すべきだと言いたかったが、そのことは言わずに胸にしまい込んだ。

「俺ももう少しがんばるよ」
大政は何も喋らず、自分の作業へと戻っていった。

このままではいけないな。しかし、根拠が見つからなければ、安易に動くことはできない。どこかには必ずあるはずなのだから。ただ、どこを探せばいいのか。

充弘は一人物思いにふけっていた。だが、一向に考えがまとまらないばかりか激しいめまいを感じ始めていた。と、その時鼻血が流れ始め、突然視界が真っ暗になり、その場に倒れこんだ。

「兄さん!兄さん、しっかり!!」
という言葉が意識の遠くでぼんやりと聞こえていた。

いつもそこに【7】へ続く

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