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いつもそこに【5】戦い抜くために

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それから充弘は本業のプログラマー、週に一度の夜間学校、週末は『くりっと』の新装準備に追われる日々を過ごしていた。開店も近づきつつある十二月のはじまり。

「兄さん。休めば」
大政はとても迷惑そうに話す。

「先週面白いことを教えてもらってね。ちょっと試してみたいんだよ。ビジネスではターゲットを絞るということが大切だと学んだんだ。それで実際にやってみようと思ってね。新しく来る会社の面々を想像して、あらかじめターゲットを作りたいと思う」

「それなら」と裏で話を聞いていた長岡が、顔を出す。

「お兄さん、事前に調べておきました。あのビルに入って来るのは、アパレル系ブランドの支店が多いみたいです。支店といってもオンラインショップや営業支店みたいです。少し派手好きな人が多いんじゃないかと予想できます」

「いい」

「誰がお兄さんだ!でも流石だね!それを元に仮のターゲットを作って、求めているものを具体的に掘り起こしていこう」

こうして話し合いでは、まず具体的なターゲットの掘り起こし、行動分析からニーズの分析まで行った。

「これだけ具体的に掘り起こせたら、何を求めているのかも見えてくるね」

「やっぱ派手なものが好き」
充弘に続き、大政も乗ってくる。

「そのようですね。新規店ではこれらを売りにしたメニューや店内コンセプトを固めたほうがよさそうです」

途中ターゲットニーズを話している時にめぐるが
「ペルソナってなんですかー?ぺるーのそなさん?」
と言って場を和ませていた。

この場はほぼ(?)意見が合致し、その方向性でやっていくことが決定した。

そこから開店まではとにかく目まぐるしく働いていた。新商品準備、店内コンセプトの変更。オープンに合わせた販促物作成。これらを決めると同時に、即座に製作工程も進めなくてはならない。

どれも悠長にやっている暇など少しもあらず、皆が馬車馬のように作業に取り掛かっていた。オープンに間に合わせるにはギリギリの時間だ。

それに加えて通常の営業、充弘の場合は本業と学校まであるのだから、時間がどう見繕っても足りない。

三月の中旬。『くりっと』の面々はとうとうハードスケジュールを耐え抜き、オフィスビル立ち上げに間に合わせる事が出来た。充弘は夜間学校での学びを終えた。時より、心臓がドキドキ激しくなることを感じていた。

内装もガラリと変わった新装『くりっと』の誕生の瞬間である。
新コンセプトの新商品を扱った今までにはないビジネス専用カフェ。
それも、ターゲットをアパレル系に特化した超特化版である。

この時すでに資金面はかつかつであったが、巻き返しの息吹がもうそこまで来ているように見えた…。

「とうとうやり遂げましたね」
「長岡さんもよく頑張ってくれました」
「これからが勝負」

三人は新生『くりっと』の前に立ち、感慨に浸っていた。
あとはオフィスビルが出来上がるのを待つばかり。
明けて四月。とうとうオフィスビルが完成し、駅前は新たな人々で賑わいを見せていた。

その一週目。この日のために用意していた女性向けの新商品。タワーのように積み上がるふんわりパンケーキのチラシ効果もあってか、それはもう今まで経験したことのない忙しさを体験していた。

翌週にも忙しさは引き続き、嵐のような一ヶ月が経過した。

「かなり上手くいっているね」
閉店後、充弘はカウンターに腰掛け、一ヶ月の功績を讃えるように大政へ声を掛けた。

「…順調だけど」
コーヒーマシンを掃除している大政は少し疲れた表情をみせる。
しかし、そのことに気がつかない充弘は調子に乗ってみせた。

「これも俺がビジネスを学んで来たおかげかね」
拭く手を止めて大政はピクッと反応する。

「調子に乗るな。対して働いてもいない」
遠くで床掃除を行なっていた長岡も乗っかってきた。

「そうですよ。平日のランチもごった返すように忙しいのですから。浮かれるのはまだ早いですし、それにお兄さんだけの手柄でもないじゃないですか」
二人とも明らかに疲れた様子で殺気立っており、充弘に噛み付いてくる。

当然、充弘も平日は本業のプログラマーの仕事をした上で、休日を返上してほぼ一日中働いているので、本来そんな批判を受ける筋合いはない。

しかし、どうにもタイミングが悪すぎた。充弘は一ヶ月戦い抜いたことを喜ぼうとしたのだが、完全に裏目に出てしまったようだ。場は重苦しい空気に包まれる。その空気を変えたのはめぐるだった。

「まぁまぁ、みなさーん。怒ったら損ですよ。充弘さんも一緒に喜ぼうとしただけなんですから。それに充弘さんだって休日を返上して、しかもボランティアでやってくれてるんですよ?!」
めぐるは充弘に向き変えって「充弘さん、ありがとうございます」と笑顔で頭を下げた。
それから長岡の方に振り返り「ほら、長岡さんキッチンいきますよー」と言って連れていった。

ふんっ!というと大政はばらばらとマシンに豆を補充し、裏へといってしまった。

「大ちゃんは素直じゃないからね〜」
表の看板をしまってきたたえさんが、声を掛ける。

「今はああやって言ったけど、充くんがいない時にはいつも居てくれて助かるって言っているのよ。全く本人を前にするとどうも言えなくなっちゃうのかしらね。ほんとあんたたちは小さい時から行動と口が伴わないんだから。

それにしても、この一ヶ月は忙しかったわ〜。
ただ気になったんだけどね、あの新商品ほとんど売れていないのよ。

それに派手な人が多そうと言っていた割りには地味と言ったら失礼だけど、そういう人も多い気がするのよね。
今の若い人のいう派手っていうのは見た目の派手さじゃないのかしら。歳をとるっていやねえ。

それに男性の方が多い気もするんだけど、服屋さんっていうのは最近男の人が多くなってきたものなの?
それより充くん、手伝いはじめて結構経つけどめぐるちゃんとの仲はどうなの〜?
最近長岡くんと仲良さそうだけど大丈夫なの〜?
あっ、そうだわ!

佐藤のおばさんから聞いたんだけどやっぱりあのオフィスビルにはね…」

「わかった、たえさんわかったから!!」
焦って話題をすり替える。

「新商品はまだやりはじめたばっかりだからね。女性には売れるって根拠もあるし。今はまだ様子を見られているんでしょう。そのうち来て、あっという間に口コミしてくれるから大丈夫だよ。それはそうと、オフィスビルがどうしたの?」

「噂だとね…」
「お兄さん、ちょっと明日のことで打ち合わせしたいんですけど、来てもらえますか?」
とそこへ、長岡が話を遮るように割って入ってくる。

「ああ、今いくよ。たえさんまた今度聞くから!じゃ、お疲れ様でした!」
それだけ言うと充弘は連れられるようにスタッフルームへ向かった。

「明日から新しいサービスを運用しようと思うんです。こういうのはスタートダッシュが肝心ですからね」
自信たっぷりに長岡が説明する。

「今のままでいいんじゃないの?」
「いや、ダメですよ。ライバルが出てくる前に一気にやるのが定石です」
さすがここは本業。かなり強気である。

「そう」
大政も大きく頷いた。

「で、何をやるんだい?」
「ラテアート」
その言葉に充弘は仰天する。

「ラテアート?!誰がやるのよ?!」

「女性陣」
大政は淡々と答えた。

「ま、まあエスプレッソマシンもあるからいいとして…。でも、勝てる見込みというか、根拠。そう、根拠はあるのね?」

「女性はこう言うの好きですから」
やや大雑把に長岡は答える。

「それでいいの?」
「だって、たえさんも女性客が少ないって言ってたよ?」
続けて充弘は言った。

「うるさい」
「それに関してはまだ動きが出ていないだけでしょう。大々的に宣伝を行えば、すぐさま集客できますよ」
大政に続いて、長岡が追随する。

「決まりね」

ちょっと待てって。ゆっくり考えるべきだ!と言う充弘の言葉は虚しくこだまするだけで大政には馬の耳に念仏だった。充弘はやむを得ず、二人に従うしかなかったが、心にはもやもやを感じていた。

その日から女性陣は営業終了後に毎日残り、マキアートの練習を行なっていた。毎日は過酷だろうと思っていたのだが、そこはさすが女性。皆面白がって挑戦し、楽しく和気あいあいと練習に精を出していた。

綻びがではじめたのはこの辺りからだった。

いつもそこに【6】へ続く

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