楽しく読めて好かれる、心を動かす物語

  1. 心の在り方
  2. 3 view

中毒性を帯びるSNSの魔物

『知らず知らずのうちに中毒になっている。ということはよくある。だから、自分には関係ないと思わないことだ。誰にでもなる可能性はある』

前に闇金ウシジマくんを読んだとき、こんなエピソードがあった。

ある女性が社内のお高い仲間(キラキラ女子というやつだろう)と交流を取り続けるために、身の丈を超えたファッションに身を包んだり、お高いお店でお茶をして関係を保つという話だ。

その女性はキラキラ女子達に嫌われまいと無理をして合わせていた。

そうしないと仲間から外されたり、いじめの対象になってしまうのだそうだ。

それが怖かった女性は借金をしてまで、キラキラ女子に合わせていく。

だが、次第にそれでも手が回らなくなり、闇金に手を出し、さらに手が回らなくなり、最後には破滅してしまう。

話の終わりには身の丈を知りもせずに手を出してはならないといった内容で締めくくられている。

この物語を読んだとき、本当にその通りだと思った。

嫌なことは嫌。
ついていけないことはついていけない。
いらないものはいらない。

周りに流されるのではなく、自分に不必要ならはっきりと言わなくてはならない。

私もこれまでそうやって余計な交流を避けてきた。

仲間外れにされるのがなんだ。
外れたっていいじゃないか。

それよりも自分の軸を持つことが大事なんだ。

だから、私は流行にもてはやされるのではなく、常に自分の軸を持って行動の選択を行ってきた。

私は冒頭の女性のようにはならない。
そう思っていた。

だが、私も知らない間に女性と似たようなことをしていたと知ったとき自分で自分に驚いた。

先週は21時に就寝していたのと同時にSNSも遮断していた。
情報を遮り休むことに徹していたのだ。

それまでは毎日ブログを更新して、SNSを欠かさずチェックして、良い記事があればシェアをしてというのを繰り返していた。

私にとって普通の出来事だった。
だから、特に気にしていたこともなかった。

しかし、SNSをやめて数日が経つとなんとも言えない不安感と同時に解放感を味わっていた。

それは更新が止まったことによる表舞台からの退場。

つまり、「あれ?あの人SNSから消えちゃったね。まぁいっか」と人々から忘れられる恐怖。
同時に「毎日更新しなきゃ!今日の分書かなきゃ」という圧迫感からの解放である。

今まで積み上げてきたものが崩れる怖さとプレッシャー(ストレス)からの解放が同時に訪れたのだ。

他の人は毎日更新しているし、取り残されないようにしなきゃ…そう思ったとき、急に気がついた。
私もあの女性と同じことをしているということに。
私は知らず知らずのうちに人から忘れられることが怖いと必死になって更新するようになっていた。

毎日表舞台に立ち、人に覚えてもらわないと価値がないと思い込んでしまっていた。

その感情はキラキラ女子に嫌われるのが怖いから身の丈を超えて合わせる行為と全く同じだった。

人から忘れられたって別に構わないじゃないか。表に立たなければ人に忘れられるかもしれないが、今自分がやるべきことは真っ当しているじゃないか。

それなら無理して表舞台に立たなくてもいい。
存在が忘れられたとしても努力していればそれでいい。表舞台に立つことだけがこの人は努力しているという証ではないのだ。

そう思ったとき、私の恐怖はどこかへ飛んでいった。

今はほとんどSNSを見ることはなくなった。
徐々に調整していくつもりだが、前のように「見なきゃ見なきゃ!」と焦ることはもうないだろう。

表舞台に立つことよりも本当に優先させていかなくてはならないことはあるのだから。

本日の教訓

■義務感や責任感で行動すると疲れてしまう

あなたはSNSの魔物に取り憑かれてはいないだろうか?楽しんで毎日行っているのなら良い。ただ、毎日やらなくてはという義務感や責任感で、やっているとしたら気をつけよう。

無理して表に立てば、その分あなたにダメージも与えてくる。まずは楽しめる範囲で行うこと。これが長く継続させる秘訣だ。

自然と楽しめる領域を探し出そう。

スポンサーリンク

心の在り方の最近記事

  1. なぜ我々は納豆にタレをかけるのかがわかれば、サービスが加速する

  2. いつもそこに【完】突き進む勇気の先に…

  3. いつもそこに【7】豹変した悪魔

  4. いつもそこに【6】悪さし始めた魔物

  5. いつもそこに【5】戦い抜くために

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP