1. 心の在り方
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使われた天才

ある講演会に参加した佐藤 竜司は講演者のその発言にがっかりとし、幻滅した思いを抱き、はったりだと思っていた。参加者を楽しませようとしていきなりありふれた嘘を言い出し、気持ちを和ませようとしているのだと思い込んだ。

まさか憧れのスーパースターに限ってそのようなことはないと信じきっていたのだ。だが、そのスーパースターはネタバラシを一向にしようとしない。途端に目の前で講演している憧れのスーパースターが凡人に思えてくるほどの衝撃を受けた。

つまり、現実を受け入れたくないという驚きに心と体が反応しきれなかったのだ。しばらくの間竜司は呆然とし、苛立ち、騙されたという思いを抱き続けていた。

竜司が参加していた講演会は大人気売れっ子漫画家柾谷 泰幸(まさや やすゆき)の講演会である。柾谷は四十五歳の時にデビュー作『隠された真実』で人気を博し、十二年経った今でも連載中。累計発行部数は1億冊を超える。

内容はファンタジーだが、妙にリアルな人間社会。またリアルな人間関係の描写が話題となり、デビュー当初からこのストーリーが面白いと注目の的となっている。というよりも柾谷が描く絵はとても綺麗とは言えず、いやどちらかと言えば汚い方で独特すぎる絵が影響して、ストーリーがより注目を浴びるようになっているのかもしれない。

柾谷はアシスタントの経験がなく、漫画を描き始めたのもデビューするつい半年ほど前からなのだという。漫画家をやる前の経歴は一切不明でそのベールは謎に包まれている。

新人にして超人気漫画家へと一気に駆け上がったこの柾谷 泰幸を各メディアはこぞって記事に取り上げ、彼のことを『遅くきた天才』と持ち上げた。

この十二年間、柾谷が表に出てくることはなく、今回の講演はこれが最初で最後となると本人が述べていることもあって、講演会チケットは販売開始直後に即売り切れとなった。開演前から一体この天才漫画家柾谷はどんな事を話してくれるのだろうと一同は期待に期待を込めていた。竜司は運良くこの抽選に当たり講演会を楽しみにしていた一人である。

講演会当日。講演が始まると柾谷はいきなり会場にいる観客に向かってこう話し出した。

「今日話す内容は皆様が知っておられる話とは少々…。いや、大きく異なっているかと思います。私は皆様の知らない真実の話をするために今日この場に立っております。この話を聞いて、いささか不愉快な思いをされたなどございましたら、おかえりの際遠慮なく、係員までお申し付けください。その場でお支払いただいた金額を全額お返し致します」

このただ事ではないと思わせる話し方に会場はざわめいた。竜司はゴクリと息を呑み、柾谷からの次の言葉を待った。
柾谷は会場が静まり返るのを待ってから話し始めた。

「皆様には柾谷 泰幸という人物がどのような人物だとお写りでしょうか?おそらくほとんどの方には大した苦労もせずに成功をした。あるいは天才だとそう思っていただいている方も中にいられるのかもしれません。デビュー作で成功したなんとも運の良いやつ。そうも思われているかもしれません。そんなすごいやつの講演会だとさぞかし素晴らしい内容なのだろう。そんなところでしょうか。

ですが、それは大きな間違いです。メディアというものはどうも話を上手いところだけつまんで、持ち上げるのが得意なようです。私の担当から

「話題性を上げるためだと思って、誇張する部分があったとしても少しの間、黙認していてくれないか?」

そう言われました。私はまあほんの少しの誇張であればいいか。と軽い気持ちでその時担当の言葉を受け入れました。全てはこの時甘い決断をした私に責任があります。

確かにおかげで大きな話題を築くことが出来ました。しかし、その代わりに私には大きな重圧がかかるようになりました。この十二年間、真実を語ることを禁じられ、自らの過ちに首を絞め続けていたのです。今連載中の『隠された真実』こちらも佳境に入り、間も無く終結予定です。ですが、その前に私は皆様の前で告白しなくてはなりません。

メディアが作り上げた『遅くきた天才』あれは全くの嘘です!!私にはそのような才能は持ち合わせておりません!」

会場内に再びどよめきが訪れる。
「そんなバカな!」
「憧れていたのに!」
次第に悲痛な声が大きくなり始めた。

竜司は声こそあげなかったものの、その動揺を隠せずにいた。竜司は物心がついた頃から漫画を描き始め二十六歳になった今でも漫画家を目指し、日々漫画を描き続けている。五作品ほど応募したが、なかなか結果が出ない竜司の心を救ったのは柾谷 泰幸のインタビュー記事だった。

自分より歳が上であったこと、一発で超一流漫画家の仲間入りができる可能性があること。柾谷の特集記事を読んだ時、竜司はまだ自分にも可能性があるのだと微笑ましい気持ちになった。いわば希望の星となっていたのである。しかし、今では希望などというものではなく、絶望を叩きつける死神のように見える。

おそらく他の参加者もこのような思いを抱いていたのだろう。いくらかの参加者は現実を直視することが出来ず、会場を後にした。もうこの後のことは聞きたくないということである。

混乱が少し収束してきたころ、柾谷はまた話し始めた。

「私が初めて漫画に出会ったのは四歳になった頃でした。父親の書棚にある漫画を勝手に読み漁って楽しんでいたのです。漢字は当然のことながら読めません。

しかし、パラパラと漫画をめくっているだけで、その漫画の持つ躍動感に引き込まれる思いでした。その時から私は漫画に魅せられ、また私も人を惹きつけることのできる漫画家になりたいと思うようになりました。

ですから、私はその頃から漫画を描き始めています」

会場がまたざわついた。

「と言っても私にはこれっぽっちの才能もなく、十八の頃、とある先生のアシスタントをやり始めました。ようやく夢を掴み始めたと思った矢先、私はたった一年でアシスタントをクビになりました。

私の絵が汚すぎたからです。私は悔しい思いをしました。ですが、仕方のないことです。絵が上手くなければ手伝うことすら出来ない。

夢を諦めきれずにいたものの、私は打ちのめされ、一般企業へ勤めるため就職活動を開始しました。そこでとある企業へと就職を果たすのですが、どうも情熱が湧かない。いや、湧かないというよりかは合わない。話も合わなければ、価値観も合わず、私は苦しみました。

私に問題があるのだろうか?それともここの会社の人間が異常なのだろうか?

合わせようと努力をするも、ついには叶わず、私はわずか二年でこの会社を辞め、次なる会社へと転職を果たしました。

転職をすれば、自分がおかしいのか他人がおかしいのかがわかると思ったからです。そこで私は現実を目の当たりにしました。

おかしかったのは自分の方だったのです。自分だけが夢を語り、追いかけていました。そこにいた人たちは夢などを見る前に社会的な常識を学べというのです。

それはつまり自分を殺して、周りや上司にこびへつらうこと。無駄だとわかりながら、意味のない作業をやり続けること。自分が何かをやりたいのならまずは上のやり方に従い、偉くなるまで我慢しなさい。そう言うのです。それが社会の常識だと。

私にはその常識を持ち合わせていませんでした。私は必死になりその常識を持とうと努力をしました。しかし、どうしてもその常識とやらに馴染めそうにはありませんでした。

その傍で諦めきれなかった漫画は勤めていた頃も描き続けていました。何度応募しても落選し続けていましたが。それでも諦めきれず、私は描き続けました。

ようやくデビュー出来たのは二十五歳になったころ。描き下ろした十二作品目、やーまさというペンネームで出した『偽りのない世界』という漫画です。これは読み切り漫画で、人気もそこそこと言った感じでしたが、次に続くということはありませんでした。

そして、その頃の私は人生最悪の真っ只中にいました。常識を学べと言っていた会社は合わずに辞め、次に勤めた会社でも、同じような苦しみを味わっている最中だったのです。

私はまたしてもその会社で同じようなことを言われました。夢なんぞ語らず、上の言うことさえ聞いていれば良い。出世したければ、目立つようなことはせず自分の番が来るまで待て。と。

私はこの時点で自分は社会的不適合者なのだと自覚しましたが、会社の言うことが正しいとも思えませんでした。

このジレンマを抱えたまま、耐え続けること三年。二十八歳になった時。私はついに耐えきれなくなり会社をやめました。

もう勤め人はこりごりだと思い、私は会社を興します。しかし、三年でそのビジネスはダメになりました。その後、十四年あまりで十五ほどのアイデアを実行し、その全てを失敗に終わらせてしまったのです。

その間にも漫画は描き続け、私が四十五歳になった時、ようやく私の作品は皆様に評価いただきました。これは私の人生の集大成とも言える作品で、実体験を元にストーリーを作っています。

妙にリアルだと言っていただけるのは、実体験が元になっているからかもしれません。

ですので、私は決して『遅れてきた天才』などではなく、何度も失敗を繰り返し、才能がないと言われ続けた単なる凡人なのです。

ですが、それではインパクトにかけると言われ、事実を伏せてしまっていたことは申し訳ございません。また完結間際でようやく解禁されたことも。

私はこの作品を通して、失敗を恐れないで欲しいということを伝えたいと思っていました。実際に事業を興して、他の経営者と話をしていると私だけでなく、みんなそのほとんどが失敗を経験しているのです。ただそれが表に出ていないだけで。

ですが、私を含め他の経営者は恥をかくことは気にしていませんでした。私もある物を売ろうと大々的に宣伝をして、たった一つも売れないということをしたこともありました。他の人はセミナーを開催して一人も来ないという屈辱を何度も味わったと言っていました。

しかし、それでも諦めずにやり続けると徐々に人が集まるようになり、今では人気のセミナーとなったそうです。そんな彼らを見て、恥などを気にせずやりきる人が成功するのだと、その時実感したのです。そして私は失敗を恐れないで描き続けました。

だから、この作品が終わる前にはこの事実を必ず発表すると当初から決めておりました。たとえ私の評価が地に落ちたとしても、これを発表せずに終えることはできません。

失敗をせずに成功を収める人は確かにかっこいいことです。ですが、人生はそんなに都合よく奇跡的に一度で成功することなどありません。失敗して何度も恥をかいて、そして少しずつ学び成長し、より良いものが作れるようになるのです。私も今までの数多くの失敗がなければこの作品は作り上げることはできませんでした。

カッコつける必要なんてありません。是非とも、失敗を恐れずに、恥を欠くことを恐れずにチャレンジを続けてください。これが私が本当に言いたかった事実です」

この告白には多くの人が衝撃を受けた。その場ですぐに騙されたと怒り出すものが多く現れた。

竜司もその思いを感じた一人である。竜司はひどく苛立ちを覚え、裏切られたと感じていた。だが、柾谷の真摯な態度に暖かく柔らかい気持ちが芽生えていることも感じとっていた。

この柾谷の告白した事実はまだ誰にも知られていないことであったからだ。まだ隠し通しておけばいいものを嫌われる覚悟で公表した柾谷のことをこれ以上非難することは難しかった。

それよりも天才と言われ雲の上の存在だと思っていた柾谷が努力に努力を重ねてきた苦労人だということを知って、竜司は勇気をもらっていた。そのことを同様に思っていた人もいたのだろう。会場内は温かい拍手に包み込まれ、いつまでも鳴り止まずにいた。

それからメディアはこのことを取り上げ、柾谷のことを散々非難し続けたが、大事になるほどではなかった。それよりも竜司は『隠された真実』の結末がこの講演会を再現したかのような内容で読者からとてもよい評価を得ていたことの方が記憶に残っている。

そしてまた、竜司は新たな漫画を描き始めた。それは竜司にとってあまりにも新しいチャレンジだった。今やっていたギャグジャンルからいきなり方向転換をしたからである。前々からやってみたいとは思っていたが、方向転換をしてさらに失敗することがあれば恥ずかしい。と、手が出せていなかったファンタジージャンルの作品への挑戦だ。

この物語の教訓は柾谷がスピーチで語ったとおりである。成功者と呼ばれる人は普通の人が諦めたくなるところでも諦めずにやり続けた。

失敗することは恥ずかしい。勇気を出して、人目に出ていったのにも関わらず、誰にも注目してもらえなかったら…などと考えたら、足を踏み出すことにも躊躇するだろう。

だが、それでも飛び出すことが出来る人にはそれなりの報酬が待っているのだと思う。怖くても、恥ずかしくても、惨めでも、屈辱だと思っても、勇気を持って飛び出していこう。

売れなくても、認められなくても、その自己犠牲を伴う行動を繰り返し行っていけば、次第に応援者というものは集まるというものだ。

それに成長に失敗は欠かせない。失敗からは本当に多くのことが学べる。チャレンジした分だけ成長につなげることが出来る。失敗を分析しよう。失敗出来る時にたくさんの失敗を経験しておこう。練習だと思って気にせず失敗していけば良い。

そして、先にも述べたとおり成功するまで何度でもやろう。ただし、その時成功と失敗に一喜一憂しないこと。結果が出るごとに一喜一憂していれば、次第に心がボロボロになってしまう。そういった他人からの評価は気にせず、自分の目標に到達するまで、淡々とやり続けることが大切なのである。

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