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いつもそこに【1】感じる胸騒ぎ

大慌てで帰り支度をすると四谷 充弘(よつや みつひろ)は新宿駅の改札を勢いよく通り抜けた。すぐさま特急電車に乗り込み、終点八王子駅を目指す。電車に飛び乗った後も四谷はしきりに携帯を確認しては、電車が早くホームにつかないかとはやる気持ちを抑えられずにいた。

とはいえ、まだ電車は新宿を出て、調布を過ぎたあたり。到着まで二十五分はかかりそうだ。四谷はまた携帯の画面を注視し、先ほど届いたメッセージを何度も読み返した。

返信はおろか、既読すらつかない。一大事だというのに!そのことに気を揉み、落ち着かない様子で、ポケットに入れ込んではすぐに取り出し、画面を確認する行為を何度も繰り返していた。

八王子駅に到着すると真っ先に四谷は飛び出し、階段を駆け上がり改札を通り抜け、地上へと続く階段を駆け上がった。ホームから出て真っ先に向かったのは、その駅の近くにあるカフェレストラン『くりっと』。

駅前の一等地であるにも関わらず、客入りはまばらで若い店主と痩せ型の中年女性、もう一人ふくよかな中年女性、そして若い女性の四人で切り盛りしている。

四谷は店に入るなりカウンターに入り込み、客には聞こえないように、その若い男に突然声を掛けた。

「どういうことかな!?」
その若い男は驚く素ぶりも見せずに、静かに振り返った。

「別にどうもこうもない。生まれ変わるだけ!」
男はまるで探し求めていたお宝を手に入れた少年のような声色で四谷に語り掛けた。

「生まれ変わるったってさ、そんな気なんてなかったよね?」

「急に手に入れたくなった」
顔に反省の色は微塵もない。

「そうは言っても大政(たいせい)、あのね。店のことをとやかくいう筋合いはないけどさ、これだけ大きな決断をするのだから、一言ぐらい声を掛けるべきだよね??」

「そんなことより兄さん。一杯飲んで行って。今作るから」

「いや、しっかり話を聞きなさいって」
大政は無言で店の奥に入っていき、充弘はしぶしぶ店内へと戻っていった。

戻りぎわ痩せ型の中年女性とすれ違い、充弘は声を掛ける。
「おふくろからも言ってやってあげてよ」

「ふふふ、あの子らしいわね」
二人の母親は優しい笑顔で微笑んだ。

「全く、能天気なんだから!今はそんなところにお金をかけるべきところじゃないのに」
充弘が席に着くと、すぐに挽きたてのエスプレッソが香りと共に運ばれてきた。

「さあさっ。砂糖を入れて、ぐぐっと」
充弘は言われたままぐいっと飲み干すと、底に残った砂糖をスプーンですくい、食べ終えた。

「どう?」
大政が覗き込むように充弘の視界に入り込んでくる。

「うん、美味しいね」
もうすでに大政の顔は満足げな顔を見せている。

「これ、さっき話していた全自動エスプレッソマシンで。すごいね〜」
誇らしげに大政が言うと充弘が反論した。

「いや、しかしだよ?このマシンいくらしたのよ?」
「他の機械と合わせると全部で二百万」
「二百万?!設備を整える前にやることもっとあったよね?!」
驚きのあまり声が裏返る。

「うるさい。そんなこと言いに来ただけなら帰って」
帰ることを促すように大政は充弘のコップを取り上げた。

「そんなことって!結構大事なことだよ?そのためにすっ飛んできたんだからさ!」
「すっ飛んで来られようともう買ったものは変えられない」
大政からは全く反省の色が見られない。

「だって、経営の方はどうするのよ?」
充弘が訝しげに聞く。
「なんとかやるよ。それに欲しかった」
「欲しかったってあのねえ。儲かる根拠が見えないのに買ったらダメでしょうよ?」
「根拠根拠っていつも本当にうるさい。根拠がなきゃ動けないのかよ」
もう大政は充弘の顔を見ようともしない。

「うるさいって根拠を見つけるって大事なことよ?」
「いいの!こいつのおかげで他の仕事ができるんだから!人も雇えるし」
充弘が必死になって説得するたび、大政は語気を強める。

「いや、人を雇うってお前、売り上げなんてそんなにないじゃないか」
「もういいってそういうの。冷やかしなら帰んなよ」
大政はその場を立ち去ろうと後ろに振り返る。

「根拠のないエゴを押し通すわけにはいかないだろう?俺はお前のためをおもっ……」
充弘が言い終わる前に大政が口を開いた。

「たえさん、ここにクレーマーがいるから追い出して」
たえさんと呼ばれたふくよかな女性は、はいはいと微笑みながら充弘の元に近づいて来た。

「ちょっとたえさん、まだ話は終わってない…」
充弘はまだ話したそうにしていたが、大政はスッと店の奥へと姿を消した。

「まあまあ、充くん。大ちゃんだって自分なりの考えがあってのことなのよ。たぶんだけど。がはははは。

それよりさちょっと噂に聞いたんだけどね、駅前にビルが建築されてて完成間近じゃない?来年の春先くらいに完成なんですってよ。あと八ヶ月で完成するものなのかしらね。でも、建物はもう出来てるからそんなものなのかしら。

そうそう、それであれってオフィスビルが立つことになったんですって。八王子も長年都内なのに田舎とばかにされて来たけど、なにか最近はやけに都会ぶっちゃって。あっ、こんなこと言ってるからいつまでも田舎臭さが抜けないのよ。あはははは」
充弘は話す間も無く、店先へと誘導される。

「全くあいつはさ、むかっしからそうなんですよ。たえさんにもご心配かけます」

「何言ってんの!充くんや大ちゃんがもうそれは小さい頃からよく見ているんだから、そんなことは気にしていないわよ。あなたたちも小さい時は可愛かったわ。いつも大ちゃんが充くんの後ろをついて歩っていたわよね。あなたたち名物兄弟だったのよ!よく二人で近くのスーパーに行ってお菓子買ってパン屋さんで二人で一つのカレーパン分け合っててねえ。

あなたたちは知らなかったかもしれないけど、もうあそこの中村のおばさんとか佐藤のおばさんなんかとよくかわいいかわいいって話し合っていたものよ〜。あっ、そういえばね。

中村のおばさんとこの健くん今度結婚するみたいよ?
確かあなたたちと同い年ぐらいじゃなかった?

充くんはどうなの?ほらうちに来ている、めぐるちゃん。日向(ひなた) めぐるちゃんよ!今日も働いてたわよね?声は掛けたの?そういうのは積極的に行くものなのよ!あらやだ!今の時代っていうのはこういうことをあんまり聞いちゃいけなかったのかしらね。

そうそう、これも噂なんだけど…」

「わかった、わかった!もう帰るから、たえさんはもうお店に戻っていいから」
「あらやだ!また話し過ぎちゃったわっ!」
全く歳になるとつい話が止まらなくなって困るわね。という言葉を残して、たえおばさんは店内へと戻っていったが、それは昔からのことですと充弘は心の中で呟いた。

この日は退散したが、充弘はまたすぐにこの店を訪れることになる。

いつもそこに【2】へ続く

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