1. 心の在り方
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大きな石と小さな石、拾うのは?

人生のどん底に陥っていた時に私を変えるきっかけとなったものは一冊の本と十八のワークだった。

それは『史上最強の人生戦略マニュアル』といい、とても素晴らしい書籍である。その本と出会った時、私はとある工場で働いていた(何度か紹介しているが給与だけで選び失敗してしまった仕事だ)

私は人生を取り戻そうと必死になり仕事が始まる前と後のそれぞれ二時間を費やし、本を読みふけり中のワークを一からやり始めた。

ワークはそこまで難しいものではなく、丸一日じっくりと考えれば納得のいく答えが見つかるものだった。
ワークをやるごとに新しい発見をすることができ、その発見の多さに私は大いに喜んだ。

考えれば考えるほど、出てくる発見に高揚感を得ていたことを鮮明に覚えている。ワークはとても順調に進んでいた。終盤に近づき、ワーク十四に差し掛かったところで、私の手が止まった。

そのワークが「自分の人生に求めている本当のものを探る」という内容で今までよりひときわ大切なワークだと悟ったからだ。一度目はそれまで通りすんなりと出来た。答えもいくつも絞り出せた。

しかし、どうも納得がいかなかった。それは答えが「やりたいことをやるのが楽しい」と言った内容になってしまっていたからだ。間違ってはいないとは思う。ただ、私にとって何がやりたいことでどんなことが楽しいと思える内容なのかが、これだけではまだはっきりとわからなかった。

そう、抽象度が大きすぎて具体性に欠けていたのだ。

そこで、私はその課題をまた一からやり直し、さらに「楽しい」などの抽象的なワード一つ一つに対して、分析を行うことにした。私が楽しいと思うものは何かというリストを考えられるだけ、ピックアップして、それのどこが楽しい理由なのかということを事細かに書き綴っていったのだ。それが終われば次のワードに移りということをひたすら繰り返した。

例えば当時好きだったアーティスト(当時は氣志團が好きだった!)の何が好きなのかを考えうる限り考え出した。奇抜なところが好き、ノリノリなテンポが好き、パフォーマンスが好きなどだ。そこからワークの問いである「どんな感情を持つのか」に結びつけていった。なぜ、ノリノリなテンポが好きなのか。それはそのリズムを聞くと機嫌が良くなるから。では、私は機嫌が良くなることが好きなのかといった具合だ。

これらを一つずつ一つずつ丁寧に抽出し、分析を行い、ついにその答えを導き出した!それまでに約半年ほどの期間を要したが、今度こそ納得のいく内容となった。

ようやく一つの大きな山を乗り越え、ほっと胸を撫で下ろした。

ただ、本当の山はこの次のワークにあった。次のワークでは人生を様々なジャンル(仕事、転職、家庭など計二十三種)に分け、それら項目で理想どうりになった自分がいたら何をしているのだろうか?という質問に答えるというのだ。

質問内容はどのジャンルでも同様であったが、数は二十個近くあった。

まずは理想を描くことで、なりたい自分を想像しようということだ。それが終われば、続いて、今の自分はどのレベルにいるのか。そしてそのレベルにいるのなら何をしているのだろうか。

といった内容の質問(これも約二十個。つまり全部で約四十もの質問に答えるのだ!)に答える。

これは大いに役に立つワークであることはやり始める前からすぐにわかった。理想と現実とのギャップを把握することで、何が足りないのかがわかるからである。問いとジャンルの多さに尻込みをしたが、しかし人生を変えるのに必要なものなのだ。と、私は一つ一つ真剣に考え始めた。

問いの答えは当然一つではない。成功した自分は何をやっているのかという問いには無数の答えがあるはずだからだ。私は考えるうる限りのことを考えその全てをノートに書き綴った。

終盤であったことと、今までのワークには全て新たな発見があったことも後押ししたのだろう。どの問いに対しても一切手を抜くことはなく、全て絞れるまで絞りきってそれでももう絞れないというところまで、思考を巡らせた。こうして本当に長い道のりがスタートしたのである。

全二十四項目あるうちのようやく一項目を書き終えた時、すでに相当な時間が経過していた。詳細は覚えていないが、約一ヶ月程度は費やしていたかと思う。ただ、一つでもやり遂げたということとびっしりとノートに敷き詰められた解を見て、私は満足していた。だが、満足していたのも始めだけだった。

項目によっては問いに答えるのが容易ではないものがあり、解を探るのに難儀を要することが増えてきたのだ。そのおかげで難しい項目となると平気で二ヶ月近く時間を取られることになってしまった。五項目近くが終了した頃には半年以上の月日が流れており、このことに私は大変焦った。

ただでさえ、今すぐにでも辞めたいと思っているのに、これしか進んでいないとなると一体全てやったらどれくらいかかるのだ。私の心は日毎に疲弊していっている。そんな悠長に時間をかけていられない。と私は焦った。

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そして、もっとワークに取り組むための時間を確保しようとさらに一時間早く起きて、取り組むことにした。仕事中にも問いに答えられるよう単語帳に問いを一つずつ書き出して、常にポケットに忍ばせておいた。

私が勤めていた工場ではほとんどが一人で何台かの機械を管理する仕組みであったので、合間を見て書き出すことができたのだ。こうして、私は朝と仕事中、帰宅後全ての時間をこのワークに費やした。

それでもワークは亀のようにのろのろと歩みを見せるだけで、ゴールは以前はるかかなた遠くにあるままであった。途中、必要なところだけやって、あまり優先度の高くない(例えば、私は転職のことで頭がいっぱいだったので、友人との交流に関してはどうでもよかった)項目に関しては飛ばしてしまおうかと何度も思った。

しかし、その後のワークをやるときに支障が出るかもしれないと思うとどうしても飛ばすことができず、しぶしぶそしてイライラと焦りを感じながら、やり続けた。そんな生活が半年ほど続いたときだろうか。その頃の私は憔悴しきっていて、いつも眠気を抑えられずにいた。

あまりの眠さに立ちながら、ひどいときには歩きながら、寝てしまうことが多くなっていた。そんな状態になると、ふと、目を開け前を見ると誰かが立っているように見えることが多くなって、ひどいストレスを感じるようになっていた。

またある時は、機械上部五メートルほどの高さにある踊り場でうつらうつらとしてしまうことも頻繁した。手すりがあるところもあったが、足場だけのところもあった。そして、目の前にはローラーが回っている。落ちたら、打ち所が悪ければ死ぬだろうと思えるところでも容赦なく眠気は私を襲い、意識を刈り取るのだ。

ハッとして、今のは危なかったとヒヤヒヤして目が醒めるのもつかの間、すぐに意識が飛びそうになる。
ブラックコーヒーをがぶ飲みしても効果はない。気持ち悪さとともにすぐに眠気が私を襲う。

このままでは本当に死ぬかもしれない。そう思うも、その場を一刻も早く離れたいという圧迫された気持ちが打ち勝ち、死んだら死んだでいいや。と思わせてしまう自分がいた。

その後やはり限界を感じ、一時間多く寝ることにしたが、ワークをやる手を緩めることはなかった。そのワークも後半になると今度はここまで真面目にやってきたのだから、ここで手を抜くわけにはいかないと思うようになり妥協できなかったのだ。

こうして、私は一切の妥協をしないままついにそのワークを全てやり遂げた。実にそのワークだけで一年半近くを費やしてしまった。ノートは二百ページ近くになり、びっしりと言葉が敷き詰められていた。

そして、約二年ちょっとの月日をかけ私はようやくこの本全てを読み切り、全てのワークを完成させた。おかげで私は自分の人生に求めることがわかり、今もその方向へと歩みを進めて行くことができている。

しかし、ワークをやり遂げた直後、苦しみの渦中を抜け出した後、冷静になって振り返ってみて気がついたことがある。

それだけの労力をかけた割にはその情報のほとんどは使われることはなかったということである。

誤解しないでもらいたい。私がやったことは無駄なことであったとは思わない。問いに対して、思考を巡らし解を出すワークはとてもよかったし、良いトレーニングにもなった。

だが、やはり優先順位の高いものだけやっていてもよかったなという思いもあるし、絞り切れるまで絞る必要もなかったのかなと思う。それは冷静になって改めてノートを振り返ると要するにこれはこのことが言いたいんだなとまとまる内容が多かったからだ。

これは大切だけど、全体の十%にも満たないな。と思うことも多くあった。
さらに学習を深めることで情報がどんどん上書きされていくことも身を以て体験した。

つまり、軸となる部分さえ抽出できていれば、どんどん先に進んでもよかったのだが、完璧さを求めるあまりそれができなくなってしまっていたというわけだ。

こだわりを持つことは良い。完璧さという言葉は魅力的だ。神は細部に宿るとも言う。だが、思い切って小事を切り捨てていかなくてはならないときもある。完璧を求めるには時間がいくらあっても足りないからだ。

知識や技術は常に上書きされていく。完璧に出来たと思っていても振り返ってみるとまだ足りない部分が必ず見えてくるものなのだ。だから、完璧を求めているとそこから一歩も動き出せなくなる。

軸となる大事の部分を抽出できていればよし。と考え込みすぎずに次に進んでいこう。やり残したものは出来上がった後、時間がある時に完璧さを追求すれば良い。

細かい部分を捨てることに勇気はいる。そんなときにはこう考えてもらいたい。小さな石を拾うな、大きな石を拾いに行け。小さな石を多く集めるよりも大きな石を集めた方が効率が良い、と。

それに完成度もゼロから九十まで仕上げることは楽だが、九十から百にするのがすごく大変だ。ここだけで時間が何倍もかかる。伸び率を考えてみても軸となる部分を集めていった方が得策というものである。

小事にこだわりすぎてはならないのだ。
それよりも大事に目を向けよう。

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