楽しく読めて好かれる、心を動かす物語

  1. 心の在り方
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人から強制されない学習が面白い

『誰かに強制された学習はつまらない。学習は自らが進んで行うから面白いのだ』

昨日、久しぶりに実家へ行った時のことだ。
最近では実家に帰ると母が必死になって机に向かっている。

上手く見えないのだろう。
不器用ながら、老眼鏡を片手にチラチラとノートを覗いては書き込んでいる。

母は私が物心ついたあたりから一貫して

「私は頭が良くない」と言い張っていた。

そのため、宿題を見てくれることもなく、母が学習をしている姿など一度も見たことがなかった。

そんな母が今になって学習をしているのである。

「職場で取れってうるさいのよ。この歳になると頭に入れてもすぐ忘れちゃってね」

どうやら仕事で使う資格の勉強をしているらしい。見覚えのない専門的な用語がズラリと並んでいる。
これは覚えるのが大変だなと思っていたのだが、どうやら母も苦戦を強いられていたようだ。

もう2度も試験に落ちてしまったようだ。

「今年ダメだったら、もうやめる」

去年言っていたセリフを言い、大変なんだ大変なんだと熱っぽく語っている。

そこで母だから。とつい、おせっかいを焼いてしまった。

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「学びというのはさ、人に教えると憶えるんだよ。あとは出力。情報を取り入れるだけではなくて、書いて憶えるのもいいね。

それとメモ書きがいくつも貼ってあるけど、名称だけではなく、意味も理解しなくちゃ意味ないからね。あと…」

と話を続けようとする私の話を遮り、母が少しムキになって口を開いた。

「わかってるわよ。ただ、何度やっても憶えられないのよ」

これ以上母を刺激するのは良くないと思い、私は話を別の話題に切り替えた。

よく親が子どもに向かって、ああしろ。こうしろ。宿題はやったのか?などと言って反発を受けてしまうが、こういうことなのだな。と母と会話をして気が付いた。

大人でも子供でも余計なおせっかいは焼かれたくないのだ。

本日の教訓

■余計なおせっかいにならないように気をつけよう

部下や子供が効率の悪いやり方で何かに取り組んでいるとつい口出しをしたくなってしまう。

しかし、部下や子供からしたら余計なお世話になっているかもしれない。まずは自由にのびのびとやらせてあげよう。

そして、「何か困ったことはないか?」というスタンスで控えめにヒントを出してあげよう。

あくまでも主体は向こうにあるのだ。

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