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壮大な地獄の中を生きる1

その日、男は何度も自分を恨んだ。あちらの道を選んでいたら楽をすることが出来たのに。どうしてこんな道を選んでしまったのかと。なぜ辛い思いをしてまで険しい道を歩まねばならないのかと。

五年前、ある事件をきっかけにこの男はどん底に陥った。

「これから諸君は夢に向かい努力を続けていくわけだが、その前にこの物語を聞いていただきたい」

田所 悟(たどころ さとる)講師は生徒たちに向かってこう語りかけた。

「十二年前、この男は人生に初めて幸福感を覚えていた。夢を追いかける楽しさと努力をする楽しさを初めて味わっていたんだ。それは今までの生活を一変させるほどのものだった。人生をも変えるものだった。男は夢中になり、必死に夢を追いかけた。初めての夢は小さなカフェの立ち上げだった。はじめのうちは順調な滑り出しだった。

しかし、競合が出てきたことで次第に勢いを失い、店を畳むところまで追い込まれてしまった。男が努力を怠ったわけではない。男も努力をした。それはありとあらゆる努力だ。商品開発、品質向上、サービス向上。ブログ、SNSを使った販促活動。オフラインによる地道なビラ配りなど、出来ることはなんでもやった。だが、それでも届かなかったんだ。男は夢を失った。

しかし、男は情熱までは失わなかった。男は次の夢を追いかけ始めたのだ。次に本気になったのは、コーヒー豆の専門店だ。男はその経験からどのコーヒーを淹れたら美味しいものができるのかわかっていた。

ただ、資金がなかったため、男はインターネットショップを使ってその販売網を獲得しようとした。だが、同じようなことをやっている業者が多すぎて、少しも売り上げを上げることができなかったんだ。

そこで男は機転を利かせて、人とは違うことをやり始めた。コーヒー豆を使った今までにない料理を紹介し、それらを販売するサイトに路線変更を行なったのだ。男はこれは面白いと思っていた。男は前回同様、ありとあらゆる努力をしたんだよ。慣れない写真撮影もしてな。

結果は…またしてもダメだった。男の努力は、夢は儚く散ったんだ。

その後、男はちょこちょこと夢を持っては努力を重ね、そしてその度、失敗した。
男は失敗のたびに自分がスキルアップしていることを自覚していた。男は失敗の理由と自分に足りないものを日々分析し続けていたからだ。

それでも、世の中は残酷なほど冷たかった。努力しても夢が叶わないこと、他人からの目が日に日に厳しいものになっていること。
次の夢が見つからなくなった時、男は三十三歳になっていた。

今から六年前だ。男は次の夢に向かうためのつなぎとして就職することにしたんだ。
男は軒並み断られた。スキルを持っているという自覚はあるものの社会的なスキル。

そう、資格が求められる社会では目に見えてわかるスキルを持ち合わせていなかった男にスポットが当たることはなかったんだ。決まって彼らはこの資格のことと年齢のことばかり気にして男を不採用にした。

ようやく就職した会社はとてもまともとは言い切れないが、男はそこで友と呼べる人と出会った。友と言っても掃除のおじさんで年齢は二倍近くも離れていたのだが。とにかく男はこのおじさんが大好きだったんだ。

男はおじさんとよくくだらないことを語り合った。仲が良くなった頃に男はこのおじさんに今までの経緯を伝えた。未だに野心を持ち続けていることも。

おじさんは心配そうに男に言った。

「なあ?もうそろそろどこかに腰を落ち着かせたらどうだ?
夢なんていいじゃないか。ここにいりゃあ、そりゃあ夢も希望もないけど、安定はしているよ。こんな会社だけど長く続いているしな。いい加減ほら、親御さんも心配しているだろうしさ、安心してやったらどうだ?今まで散々やってきてわかったろ?夢を追いかけることなんて難しいんだよ」

「僕からそれをとったら死んだも同然ですよ。それにもう無理なんですよ。僕は夢のない世界なんて考えられない。諦めろと言われても、もう体に染み付いていますから。今さら妥協した世界では生きられないのです」男は言った。

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「そうは言っても相当辛い思いをしたんだろ?なんでそれなのにまた。努力しなくたって食っていける。そんなに辛いことをしなくたって、少し日常の嫌なことを我慢すればいいんだ。そうだろ?努力しているよりも家でテレビを見ている方がよっぽど楽だよ。ここに居さえすればいいんだ」

男はこのおじさんが心配する親心で助言しているということがわかった。その言葉には愛が感じられたからである。

「それはわかりますけど、でも僕には無理です」

「そうかあ。それじゃあ好きにするんだな。全く頑固なやつだ」

「ええ、僕は頑固で人の言うことを聞かないことが売りですから」

「ふぅ、それで?それでおめえさんは一体今度は何をやろうって言うんだい?なんかしらの目処はついているんだろう?」

「はい、目処というほどではないのですが、次は映画監督を目指そうと思っています」

「なんだってまたそんな突拍子もないものを?今までのこととは全く別もんじゃねえかい」

「ええ。そうなんです。人生を振り返ってみたら僕のルーツと呼べるものの中にはいつも映画あったんです。思えば昔っから映画が好きで暇さえあれば観続けていました。だから今度は作る側になろうと思うんです」

「そうかい。俺も映画は好きで良く観るが、そんなふうに考えたことはなかったな。おめえさんはやっぱ特殊なのかもしんねえな。そんでおめえさん誰か好きな映画監督いるんけ?」

「割と最近の人ですが、永 月九郎(えい がつくろう)監督がとっても好きなんです!あの人の映画には独特な良さがある!」

「あぁ、あの監督はとってもおもしれえ。それにテレビにもよく出てくるし、好感度も良いみてえだな。俺もあの監督は好きなんだ。そういやよお、最近あの監督の握手会があるって何かで見たで?そのスマホとかなんとかってやつで調べてみ」

「そんな情報あったかな〜?ちょっと今調べてみます。…あっ!ああ!!!これ握手会じゃないですよ!監督と二人でランチ券ですよ!すげーことやるな!あの監督。たった一人のみですけど、独占できるなんてすごいですよ!締め切りは…今日の三時までだ!」

「おい!今二時五十五分だぞ!悩むめえにさっさと応募しちめえ!」

はい!というと男はものすごい勢いでスマホをタップし始めた。

「おい!出来たんか?」
「はい、なんとか五十九分に!ってこんなの当たる気がしませんけどね。さて、僕は仕事をサボって映画の勉強をしますよ」

それから約一年が過ぎ、男とおじさんが応募していたことをすっかりと忘れていた頃、男の元に一通の手紙が届いた。

「お、おじさん!恐ろしいことが起きたよ!!」
「恐ろしいこと?!なんだってえ!」
「手紙が届いたんだ!随分前に応募したあの映画監督の!」
「永 月九郎の!?受かったんけ?」
「そうです!当選しました!でも、正直言って怖いです。僕みたいな素人が当選してしまって。もっと他に有望な人がいるのに、僕なんかでいいのかなって」
「んなもん気にしなくていいんだ!その幸運を掴んだのがおめえさんなんだからよ!」

男はこの運命的な出会いに感謝していた。この導きはとうとう成功の第一歩となるのかもしれないと思わせたからだ。男はこの来たる日に向けて、必死に勉強をした。男は単なるミーハーなやつだと思われたくなかったのである。

映画製作のノウハウを徹底的に学び、監督に見せるために何本か自作映画を作り上げた。監督の映画を分析した。ブログやメディア記事をかたっぱしから読み漁った。監督が今関心を寄せているものなら、映画だけに関わらずあらゆるものを調べ上げた。男はこの貴重なひと時を一秒たりとも無駄にしたくないと思っていたのだ。

それでも、素人と呼ばざるおえないほどの腕前であったが、少しは相手の話を理解できるであろうほどに成長していた。

壮大な地獄の中を生きる2へ続く。

 

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