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その日は朝から絶望感でいっぱいだった。
「私が費やした5年間はいったいなんだったのだろうか」
この事実に気がついたとき、深い暗闇の中にいるみたいだった。
彼は絶対にいけると確信していた。揺るぎない自信があった。
だが、それもすべて間違っていた。
5年前、革新的なアイデアを思い付き、仲間と共に起業した。
しかし、売り上げは一向に上がらなかった。
日々改善を行い、尽力を尽くしてきたが、どれも成果を上げることは出来なかった。
彼はそんなことではめげず、困難や失敗は付き物だと自分を鼓舞し、チャレンジし続けていた。
彼の心に折れる気配はなかった。
来る日も来る日も彼は改善し続けた。
いつか成功する日を夢見て。
彼は改善のたび、自らのスキルも向上させていった。
だが、それでも成果は一向に上がらなかった。
まだ何かが足りていないんだと自分を鼓舞し、努力を続けた。
心は折れる気配を見せなかった。
そんな努力を続けていたある日、彼は一つのスライドに出会った。
このスライドが転機を与えた。
それはスタートアップに関するスライドで、どれも参考になるものが紹介されていた。
そのスライドのある一文が彼の胸に強烈に突き刺さった 。
「ターゲットカスタマーを決めたら、次に顧客の抱えている解決されていない問題を考える。この課題の大きさが顧客のニーズである。
だが、誰もが思いつくアイデアでは、すでに競合が数多くいるダメなアイデアである。逆に誰の課題も解決しない斬新すぎるアイデアもダメなアイデアである。本当に良いアイデアはまだ誰にも見つかっていないが、顧客が本当に欲しがっている課題の解決に役立つアイデアのことである」
この一文を読み、彼は驚愕と共に落胆した。
それは彼がアイデアを考えた時、顧客が本当に解決したいと思っている課題のことはまるで抜けていたからだ。
彼は今までアイデアが面白ければ、革新的なのだとばかり思っていた。そして、そのアイデアに当てはまりそうな顧客を探し売り込んでいけばいつかは当たると思っていた。だが、そうではなかった。
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いくら革新的でも誰の課題も解決しなければ、売れることはない。
確かに彼も顧客に売り込む際、顧客はどんな悩みを抱えているだろうと考えて売り込みを行っていた。
だが、それはアイデアが解決してくれるであろう悩みだった。
そうではない。まずはじめに課題ありきでアイデアを考え出さなくてはならなかったのだ。
この発見に彼は深い暗闇のドン底に叩き落とされた気分になった。
そして、実際に今ターゲットにしている顧客の本当の悩みは何か考えてみた。
すると、顧客の悩みは別のところにあったことがわかった。
それどころか考えれば考えるほど、自分が面白いと思っていたアイデアは誰からも求められていないダメなアイデアだったことに気がついてしまった。彼の心はこの瞬間一気に砕け散った。
無理もない。必ずいけると信じきっていたものがガラクタだったとわかってしまったのだから。
その直後、ひどい絶望感に襲われた。
今まで費やしてきた時間が全て水の泡となり、新たな目標も全てなくなった。ましてや、斬新なアイデアももう持ち合わせていない。
眼の前は真っ暗になった。
もうそこには希望の光などというものは何もなかった。
極限状態に陥った彼は意識の彼方で死神と出会った。出会うなり、死神は言った。
「ここに来てしまったという事はどういうことがわかっているな?
…だが、俺は慈悲深い死神なんだ。
だから、お前にも一つだけ選択肢を与えてやる。
このままこちらの道を進むかそれとも今来た道を引き返して別の道を進むか。どちらかを選べ」
彼は黙って考えた。
長い沈黙の後、彼は震えながら「今来た道を引き返す」と死神につげた。
死神は「そうか」と言い、「もう2度と来るんじゃないぞ」と言った。
振り返り、歩き始めると死神は小さな声で「頑張れよ」とつぶやいた。
もう一度振り返ると死神はもういなくなっていた。
彼はぐっと拳を握りしめ、また来た道を戻っていった。