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いつもそこに【4】兄の想い

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まあいいさ。次からは違う席に着けば良いんだし。
が、どうしても仕事が終わった順に皆が集まるため、席は大体固定され、充弘が座る席は入り口かその隣で、どちらを選んでも得られる結果は同じであった。

小百合は教室に入り込んで来るなり、阿修羅のような形相を浮かべるが、もう大人であるし、わざわざ席を変えて欲しいなどという申し出をすることもなく、着席して一睨みを浴びせた。

その四回目の講義の時、講師がこんなことを言った。

「ビジネスでは、相手に信用してもらうことがとても大事です。自分の過去・弱みをさらけ出して信頼を得るというテクニックがあります。そこで、実際にどれほど効力があるのか、実際に隣の人と話し合う演習を行ってみましょう。お題は『なぜここにきたのか?』それでははじめ」

充弘と小百合は互いを見つめ、プイッと向き直ったが、そのままでいるわけにもいかないので、しぶしぶ演習を行い始めた。

「あたしは語ることなんてないから、あんたから話しなさいよっ!って言ってもなに言っても、信頼なんてしませんけどねっ」

それだけ言うと、胸の前で腕組みをし、黙り込んでしまった。
ちっ!という舌打ちが出そうになるのを堪えて、これも練習だと充弘が話し始める。

「お、俺は…。俺には最愛の母と最愛の弟がいる」
最愛の母と言ったところで、ふっと小百合は小馬鹿にしたように笑った。

「父親は俺が高校を卒業する頃になって……自殺した」
小百合は先程からは一変してえっ!と驚きの表情を見せる。充弘は構わず続けた。

「どうしようもない父親だった。家族に売れない珈琲店と借金だけ残してこの世を去ってしまった。まだ小学生だった弟はあまりよくわかっていなかったけ。俺は大学に進学する予定だったが、こんな事態になってしまったし、働こうとしたよ。

でも、おふくろはあんたが負担を追うことはないって言って、大学に入れてくれて、弟の面倒も一人で見てくれて。俺が何度お金を渡そうとしても、一度も受け取ってくれなくて。これはあなたが必要な時まで取っておきなさいって。

そんで、ついに女手一つで弟を大学卒業させた。その間おふくろは何度も倒れかかったし、店はいつまでたっても潰れそうだったし、とにかく端から見ていても大変だった。でも一度も文句も言わずに俺たち兄弟を社会へと送り出してくれたんだ。

そんな、おふくろもここ数年で一気に老け込んできてね。あんた達が卒業したんだし、このお店ももうそろそろ良いかしらね。と言ったんだ。俺も母親を休ませたい気持ちがあったから納得した。でも、弟は違ったんだ。それで、弟は一流企業からの内定を蹴って、店を継ぐことを決意した。

そのことを卒業まで黙っていたようで、卒業後に店を継ぐなんて言ったときは、おふくろも大泣きしてた。今からでも遅くはないからとおふくろは散々言っていたけど、弟は一度言い始めたら、てこでも動かないほど頑固な性格をしてるから、結局コーヒー店をやり始めた。

これが今から六年前。だが、売れ行きは一向に上がる気配はない。今も。

弟にとっては、店は父との絆を感じられる唯一の場所なのかもしれない。今回新しい店にコンセプトを変えるといったのも、実は影で相当悩んでいたんじゃないかな。思い入れのある場所を変えるわけだから。

俺は日中はプログラマーの仕事をしているからなかなか手伝いには行けないけど、せめてこういうところからサポートして行けたらなって思って。それで、ここにきたんだ」

そう充弘が話し終えると、小百合は顔をくしゃくしゃにし、唇をぐっと噛み締め、小刻みに震えていた。

「ティッシュ。ティッシュ頂戴っ!」
ああと言い、充弘は慌ててかばんを漁り、ティッシュを手渡す。

目の当たりをポンポンポンと何度か叩くと宙を見上げ、目をパチパチさせた。
そして、しばらくして小百合は口を開く。

「充弘、すごく良い人じゃんっ」
そんな良いやつだとは思わなかったよと付け加えると、小百合はさっと自分のことを語った。

「あたしはさ、親からずっと女らしくしてなさいって育てられてたんだっ!充弘も分かる通り、女らしさのかけらもないでしょっ?親は矯正するために、大人になった時、秘書みたいな仕事を紹介してきたっ!

でもね、それが嫌だった。だってつまらないじゃないっ。なんで私の人生を人に決められなきゃいけないのよっ!それでここにきたのっ。自分を信じ抜くためにも、そして親を見返してやるためにもっ!私は私の道を歩むんだわっ!」

充弘はハッとした顔をした。

「そうだったんだね。だからあの時…。すまない、悪いことをしたね」

「いや、いいのよっ。私もついカッとなってごめんっ!」
「だが、その一つ聞きたいんだけど、というのはなんかこう…大変な気がするんだ」
「なにが大変なの?」
キョトンとした顔で小百合は聞き直す。

「自分を信じ抜くって。前にも言ったけど、そのために根拠が必要になってくるじゃないか。根拠を掴んで、よし間違ってなかったんだって自覚できるもんだろ?」

「それはそうだけどさっ。でもそれじゃ、自分の道なんて切り拓けないじゃないっ!自分で自分の選択を信じてあげてればいいのよっ!今もあたしはここに来たことを間違ったなんて思っていないわっ!」
「そういうものなのかあ」
充弘は宙を見ながら、考える。

「そういうものなのよっ!一筋の光もない道を歩いていると想像してごらんなさいよ?根拠というライトがあれば、スムーズに歩けるけど、なかったらこの道は正しいと思い込んで自分を信じて歩き続けるしかないじゃないっ!私だって不安よっ。

でも、信じて歩くしかないのっ!頼れるのは自分の意思だけ。どっちが正しいかなんてわからないわっ。だからといってやっぱ違うかなってその場を行ったり来たりしていても、ゴールには辿り着けない。

だから、自分が信じた道は正しいと信じ切って、行けるところまで行くだけよっ!間違ってたらそこから別の道を探せばいいんだわっ!」

小百合は腰に両手を当て威張って言った。

いつもそこに【5】へ続く

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