心の在り方

小さな賢者の功績【前編】

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公園にあるアスレチックを登っては滑り台からシューっと降りてくる四歳の息子を黒石 藤次(くろいし とうじ)は微笑ましく眺めていた。飽きもせず何度も何十度もひたすら登り、無邪気に滑り台から滑り降りてくる。黒石はよくも飽きずにやれるよなと思いながら静かに息子を見守っていた。二月下旬の公園はまだ肌寒い。息子はそんなことも御構い無しに滑りっぱなしだ。
二時間近く公園内を遊びまわったところで、黒石は息子にお昼だからそろそろ帰るぞと言った。その帰り道、息子は得意のなぜなぜ攻撃をしてきた。無論、攻撃をしているつもりなど本人にはない。
ただの好奇心からだし、まだ幼い子供には世の中の理屈も物事の原理も当然わからない。気になったことは全て口に出したくなるのだろう。特に覚えている様子はないのだが、適当なことを言うとさらになんでなんで?とせがまれ自分が苦しくなるので、適当なことも言えない。
と言ってもまともなことを答えるのにも一苦労なのだが。この日のなぜなぜ攻撃はこのように始まった。
「ほら、陽太。あそこを見てごらん!虹が出ているよ!」
「あっ、ほんとだー!にじ!ねえ、おとうさんにじってなんであんなにいろがあるの?」
「そ、それはな…」
太陽の光が屈折、反射されるときに、水滴がプリズムの役割をするためだと言っても理解してもらえないだろうし、かと言ってどういえば良いのか。黒石はたまらず黙り込んでしまった。
「ねぇ、どうして?なんでなの?」
「うーん。それはな。あそこだけ光が分解されているんだよ。光って本当はもっといっぱいの色があるんだけど、分解されて一つずつの色になっているの。その色が赤、青、緑って七色になっているんだよ」
我ながらにうまく説明できたと黒石は誇らしげになったが、息子からの質問は容赦がなかった。
「ねぇ、ぶんかいってなあに?」
「ぶ、分解ってのはだなぁ」
黒石は分解という言葉の意味を考え出した。
「分解というのはいろんなものを一つ一つに分けるってことだよ」
すると、息子はさらに突っ込んできた。
「なんでひとつずつにしなくちゃならないの?」
「それは一つずつにしなきゃわからないからだよ」
「なんでわからないといけないの?」
そう言われて黒石は少し困ってしまった。
「なんでって、そうだなあ。わからないと解析が出来ないからだよ」
しまった!と思ったが、案の定息子から質問が飛び交った。
「かいせきってなあに?」
このように黒石は子供からひっきりなしになぜなぜ攻撃を受けている。それも一日に何度もである。
「あっ!おとうさん、アリさんがごはんはこんでいるよ!あんなおおきなものはこんで、おもくないのかなぁ」
本当によく見ている。子供の観察能力というのは素晴らしいものだ。
それにしてもやはり寒かったのか鼻が真っ赤になっている。
「鼻が真っ赤じゃないか。寒かったね」
「なんでおはなってまっかになるのぉ?」
公園から帰り一息ついている時、突然黒石の携帯が鳴った。見ると会社の専務からであった。鳴り響く携帯を見つめ、黒石は過去に起きた出来事をあれこれと振り返っていた。
創業から間も無く五十年という節目を前にして、休日に呼び出しを受けたのは過去二回。一度目は社が上場を果たすことになった祝いを行うという報告。二度目は今期の決算が大赤字を叩き出しているので、なんとかしろという呼び出しである。
「はい、黒石です」
「ああ、黒石部長か!悪いが今すぐ社へきてくれないか。これから緊急会議を行うことになった」
休日に緊急会議を行うなどただ事ではない。
「あら?急な呼び出し?珍しいわね」
妻が心配そうに話しかける。
「ねえ、まさか会社がつぶれそうとかそんな話じゃないわよね?」
妻の心配の芽はますます大きくなる。
「ははは、我が社は業績も評判も右肩下がりを続ける一方だが、だがそれほどではないだろう」
黒石は遊ぼうとせがむ息子をなだめて家を飛び出した。
会社へと向かう車の中で黒石は様々な考えを巡らせていた。
一体何が起こったのだろう。先日のキャンペーンの反響ぶりを喜ぶのか。はたまた、注目視していた企業との提携の話がうまくまとまったということの発表だろうか。それとも、人事異動の話をするのだろうか。しかし、その程度のことであれば次の日に伝えれば良い。ということはもしかすると…いやまさかな。
黒石は到着するまでに考えを巡らせていたが、これといって確信できるものは何もなかった。
会社に到着し、エレベーターホールへと向かう。この時点でも何一つ確信を得たものはなかった。黒石はエレベーターへと乗り込んだ。
オフィスに到着すると黒石はまっすぐ会議室へと向かう。会議室をノックし、ドアを開けるとそこにはそうそうたる顔ぶれが揃っていた。代表取締役会長、社長取締役、副社長取締役、専務取締役、常務取締役、取締役三名。それに三名の社外取締役ま
でいる。これほどまで人が揃うことはほとんどない。
常務がそこにかけなさいいと促すと、専務の益田が全員揃ったかと話を始めた。
「さて、皆様に本日お集まりいただきましたのは他でもない。創立間も無く五十周年を迎える節目を前にして、我が社は最大の危機に見舞われている。このままのペースでいけば、持って一年」
益田は全員を見回してからこう言った。
「我々は倒産する」
取締役の面々はこの事態を想定していたかのように静まり返っている。
「近年では売り上げも芳しい結果を残すことが出来ず、ライバル社との競争にも熾烈を極めている。我が社は予算を大々的に使い、広告を打ち出したがそれに見合う成果は上げることが出来なかった。このまま予算を使い続けて低迷を続ければ誰にでも結果は分かっているだろう。そこで本日はこの議題を元に緊急会議を行う。そのために諸君に集まってもらった」
「なぜ効果が上がらないのだ?」副社長が聞く。
「それはわかりません、寒さで購買意欲が落ちているのかもしれませんね」
「もっと広告を大々的に打ってもらえるよう代理店にお願いしたほうがいいのではないでしょうか?」取締役の一人が言った。
「うむ、それは一理ある。すぐさま取り掛かるとしよう」
「いやいや、金を追加で投入すべきだろう」また別の取締役が言った。
「ふむ、では今の倍投入するよう部署への通達を行おう」
黒石はこのやり取りをじっと眺め危機感を覚えていた。グッと歯を食いしばり眉を潜めていると、横目に何か視線を感じた。視線の先に目をやると会長が真剣な顔をして黒石のことを見続けている。まるで君の意見を聞きたいと言わんばかりの表情であった。黒石は慌てて表情を戻し、視線を益田たちへと向けた。すると会長が口を開いた。
「黒石部長。君も何か意見はないかね?どんな意見でも構わないよ」
皆の視線が黒石に集中する。 
「いえ、しかし」黒石はそう断りを入れようと思ったが、会長は見守るような表情で黒石を見続けている。今度は本当に心で思っていることを言え。と、でも言っているかのように。黒石はその表情を見て応えたいと思った。そこで黒石は立ち上がり、こう口を開いた。
「し、失礼ですが。もっと分析と観察をするべきではありませんでしょうか?」
「ははは、何を言っているんだ君は。それくらい私どもにもわかっているよ。だから、分析を行って今話し合いを行っているのではないか」
黒石は益田の気迫に押されまごついてしまった。
「いや…そ、その」
しかし、先ほどの光景を思い出し黒石は胸を張って、はっきりと答えた。
「これは分析とは言えないと思います」
「何?!偉そうに!部長ごときの分際で我々に口を聞くなどありえんぞ!!」
また別の取締役が言った。
「黒石くん、いくら会長が話す権限を与えたからと言って立場をわきまえてもらえねば」専務も続いて言う。
「君、会長は何か意見を出せと言ったのだよ。質問にすら答えられないのかね」社長がそう言うと別の取締役はふんと鼻で笑い、その横の取締役は呆れかえっていた。
「もういい。目障りだから座りたまえ」
黒石が俯いていると専務が座るよう促した。黒石はそのまま黙って腰を落ち着かせようとした。
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