心の在り方

人生はうまくいかない

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今まで彼ほどまでに不幸な人間を見たことも聞いたこともない。彼ほど人生をあらゆるものに振り回されている人は他にはいないだろうとさえ思えてしまう。平山田 弓子(ひらやまだ ゆみこ)は秘書として長年この不幸な男、海野 聡(かいの さとし)を文字通り見守り続けてきた。特に恋愛感情などは持ち合わせていない。だが、これだけ不幸を目の当たりにしていると情も湧いてくるというものだ。なんだって彼はこれほどまでに不幸の神に愛されてしまうのだろうか。
私が勤め始めた十五年前の春、この海野はいきなりトラブルに巻き込まれていた。結婚を前提に付き合っていた女性がいたが、金の使い方が尋常ではないほど荒いというのだ。海野はいくつもの事業を持つ大資産家といっても良い。故に彼に近づいてくる女は金目当ての愚か者ばかりだった。さすがに海野も嫌気をさしていて、そういう輩の相手はお手のもので対処にも慣れていた。だから、今付き合っている女性はそれとは程遠い人であった。
しかし、三年も経てば態度が一変し、金をせがむようになってきたとだそうだ。婚約の話をけしかけてくるが、そのためには金が必要なのだという。だって、あなたの妻になろうという女がみすぼらしい身なりをしていては示しがつかないじゃない。と女は言い、服やら美容やらに大金を注ぎ込もうとするのだ。
それはさすがに使いすぎだと言えば、半ば脅迫気味に「あなたのためじゃないの!じゃあもう別れればいいって言うんでしょ!」とヒステリーを起こす有様で、海野はほとほと困り果てていた。愛する未来の妻とは言え…海野は別れてもいいという覚悟で真剣な話を持ち込んだ。
すると、その女は「潮時か」と一言だけ言い、次の日から消息不明となったようだ。
これだけではない。その半年後にはある事業所の一つを調査に訪れると、まさしく従業員がチンピラまがいの若者に理不尽なクレームを受けているところであった。海野は間も無く飛び出し、若者と従業員との間に割って入った。
怒りがピークに達していた若者は「なんだこのおっさん!」と突然海野のことを殴りつけた。あわや警察騒ぎというところを海野は紳士な対応を見せ、うまく処理してみせた。この一件で海野は左ほほを腫らし、上の奥歯を一本折り、三日間高熱にうなされた。
それからまた半年が経った頃には、大手メーカーの下請け総合商社なるところの上役から熱烈なお願いをされ、高額商材を入れてくれと頼みこまれた。それは使いようによっては使えるものだが、まだ替える必要のないものでもあった。
正直費用対効果を考えると、まだ購入するに至らない商材であったが、付き合いの長い会社であったこと、その条件として高額で既存のものを下取りすることを条件に承諾をした。
ただ、相手先はとにかく困っていたようで、今回ばかりは掛けではなく現金ですぐさま振り込んで欲しいということだった。わがままばかりとなってしまっているので、これも大きく値下げをさせていただくとの話だ。怪しさを感じたものの「裏切ることはない。一生の願いですから!」と深く頭を下げられ、海野は引き受けた。
その一ヶ月後だった。なんとふとビジネス情報誌に目をやるとその総合商社の倒産のことが書かれていたのだ!数年前から資金繰りがままならず、すでに暗礁に乗り上げていたらしい。記事には一部の重役は倒産することがあらかじめわかっていたと書いてあった。
今挙げたのはほんの一例にすぎない。挙げればキリがないと思えるほど、様々な不幸に見舞われている。
苦労して作り上げビジネスの仕組みを他社に盗まれてしまう。
幼い頃から中度のアトピー性皮膚炎を患っている。時よりその症状が悪化し、イライラと睡眠不足に悩まされる。
学生時代には正当なことを悪事を働くものに言うと翌日、彼らとその仲間に拉致られ、脅されたこともあるらしい。
これらの事件というか不幸が海野の周りに約半年おきに現れる。ただ皮肉なもので、海野に不幸が訪れるとその直後に社の業績は上昇する傾向にある。もう一つの救いとしては、海野に訪れる不幸は新規のものばかりで、同一の不幸は訪れないということだろう。もちろん海野が能無しのへっぽこなのかといえば、そういうことはない。むしろ、いくつもの事業を立ち上げるほどだから、優秀である。
私は秘書だから込み入った話はできない。だけど一緒にいるだけで耳に入ってきてしまう。たまに話を聞いてくれと言われるが、それでもこちらから意見することなどできない。私がもし同様の状況に陥ったらどんな思いになるのだろうか。想像しただけで生きていくのが辛くなる。
たまには彼の元にも幸せというものを届けてもらいたいものだ。
「平山田くん、ちょっといいかな」
そんなことを考えていると海野から呼び出された。これはもしかしたらまた何か悪い事件が起きたのかもしれない。
「実はもう少し前になるのだが、とても素敵な女性と知り合ってね、今お付き合いをしているのだ。もう本当に素晴らしい女性でね」
「それは喜ばしい話です」
「共に住み始めて、そろそろ頃合いかと思い、先日プロポーズをしたんだ。今年の冬に結婚式を挙げるよ」
「それは見事なご判断です!おめでとうございます」
今度は何をされたのだろうと思ってしまった自分が恥ずかしい。思わず、今度の女性は詐欺師ではありませんか?と失礼なことを言ってしまいそうだった。ああ、とうとう幸せが舞い込んでくるのだ、よかった。本当によかった。
だが、その頃同時に社にトラブルが頻発するようになっていた。
大規模同業他社、出店による市場の奪い合い。
幹部社員の引き抜き。次々に起きる社員の離職。
販売広告のコピー、先行発表。
社内に誰か裏切り者がいることは確かだった。海野はこれらの調査に精を出さなくてはなら
なかった。しかし、この作業は難航した。自宅に帰れない日々も増えてきていた。
「連絡がなくて寂しい」などというメッセージが来ていたが、まともに返せるような状況ではとてもなく、会えたとしてもシャワーを浴びに帰って社にとんぼ返りといったようなことがほとんどであったそうだ。かわいそうな思いをさせているということはよくわかるが、もうしばらくの辛抱だからと言い聞かせるしかなかったという。婚約の話もこの問題が解決するまで先延ばしすることとなっていた。
海野やその彼女のためにも一刻も早くこの問題を解決させなくてはならない。だが、検討もむなしく二年が経ち、裏切り者を見つけたその頃には、急速に力をつけて来た他社の追随を許してしまい、社の一部を売却せざるおえない状況にまで追い込まれてしまった。
その売却を決めたあくる日、海野は意気消沈した様子で事務所に入ってきた。
いつもならどんなに落ち込んでいても「おはよう!」と声をかけてから社長室に入っていくのにこの日は誰とも口をきかずに入っていってしまった。確かに売却のことは落ち込むが以前にもそのようなことはあった。海野はこれくらいでめげたりする人間ではないことは知っていた。私は思わず社長室の戸をノックしていた。
「どうぞ」
蚊の鳴くようなか細い声が中から聞こえる。
「やあ、平山田くんか。おはよう。どうしたんだい?何か朝からスケジュールがあったんだっけ?」
「いえ、そうではありません。社長のご様子があまりにも気になったもので、つい戸を叩いてしまいました。何もお変わりないようであれば、構いません。失礼いたしました」
ふぅ。と海野はため息を吐き出した。
その顔、目には生気が感じられない。驚くほど落ち込みを見せている。
「ふふ、聞いてくれるかい?昨晩の出来事を。昨晩はもう疲れていて、早めに家に帰ろうと思ったんだ。いつもよりも早い時間だったから彼女も驚くだろうと思ってね。しかし、驚いたのは僕の方だった。家にな、知らない男がいたのだよ。もうこれ以上は言わなくてもわかるかな?よくテレビドラマで見るような修羅場ってやつだよ。ほんとがっかりしたね」
私はどんな言葉をかければいいのかわからなかった。しかし、自分から戸を叩いた以上、そうでしたかという言葉ですませるわけにもいかない。なぜこんなにもこの人は不幸に恵まれてしまうのだろうか。そう思っていた時、ハッとある言葉が閃いた。我ながらにここまで下手くそな声の掛け方は流石にないんじゃないだろうかと思ったが、言わずにはいられなかった。
「いまはつまらないことの連続かもしれませんけど、いつかきっと必ずうまくいく日が訪れますから!」
すると、海野は一瞬不思議そうな顔を見せ、それからああと頷き、笑い始めた。
それから落ち込むのは終わり!と小さな声で呟いた後、こう言った。
「君は何を言っているんだい?上手くいかないから楽しいんじゃないか!」
人生はうまくいかないことだらけである。理想通りにならないことが多い。でもだからこそ楽しいのである。成長もするのである。燃えるのである。ギャンブルでもそうだが、楽しいのはうまくいかないからなのだ。毎回理想通りの展開を迎えれば、それは作業となりつまらない行為の連続となってしまう。
悔しい思い。苦しみ。不遇。これらを味わっている時には恨めしく思いたくなることだろう。だが、それらの経験があなたにどのようなプラスの影響を与えてきたのだろうか。その良い面にだけ注目してみよう。何か得られるものがあるはずだ。
・筆者作田勇次アカウント 
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