心の在り方

コミュニケーション不足の男

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相川 ひかるという男は勉強が好きで、小説やビジネス書を愛読することが趣味と言っていい。それ以外で言えばそこらへんにいる若者と変わりはない。
普通に遊びに行きたいと思っているし、恋愛をしたいとも思っている。相川は黒髪のセミロング、護ってあげたくなるような小動物みたいな人、付け加えるのであれば顔はどちらかといえば綺麗よりも可愛い顔立ちが好みである。ただ、彼がそこらへんの若者と違うのはコミュニケーション能力が乏しい点だろう。
彼は極端に人と話をすることが苦手なのだ。他人と話すことはめんどくさい業務の一つとさえ思い込んでいた。たとえ他人が困り果てていて、自分がそのやり方を知って出来ていたとしても他人を助けようとはしない。
そんなことだから彼はとても優秀で仕事が出来るが、周りに友人と呼べる人がいない。
唯一彼のことを気にかける上司がいるのだが、相川にとってそれはめんどう以外の何ものでもなかった。
上司の小松崎はいつもこう声をかけてくる。
「相川、お前が人より優れているのはよくわかる。だがな、もっと学びたいと思う気持ちがあるのなら、それを人と共有してみろ。人に教え、コミュニケーションを取ることで新たな知見というものは得られるのだぞ。それは決して本を読んでいるだけでは得られない教訓だ」
なんというめんどくささだ。俺は一人でいるのが好きなのに、なぜわかってもらえないのだろうか。それに人と話して何の役に立つのだ。そんなことをしているくらいなら一人で本を読んでいる方がよっぽど効率的なのに。
腹の内ではこう思っていたので、その場では機会があったらと伝えるだけで実行に移すことなどなかった。
小松崎も一筋縄ではいかないことがわかっていたらしく、引き続き相川につきまとうように周りと話させようとしていた。
時にはこんなこともしてきた。
上司であるにも関わらず、懇願するように他部署の部下へ教えを授けるよう頼みにきたのだ。これを相川は「今忙しいので」とあっさりと拒んだ。
「このままではいかんぞ。それにどうしてお前に聞くのだと思う?」と小松崎は質問をする。
「さあ知りませんね。わからないからでしょう?」と半ば見下したような態度で振る舞う。
業を煮やした小松崎は「この間言っただろう!いいからやれ!」と声を張り上げたが、相川は「とにかく今忙しいんで」と聞く耳を持たなかった。
するとその一ヶ月後、相川に異動命令が出された。異動先は大変困っているという広報部だ。
まったく。今までやってた経営企画部とまるで、違う職種ではないか。それでも、やれと言われればやるし、おそらく俺なら出来る。だからと言って、困ったちゃんを助ける義理なんてない。強制したところで無駄さ。やることはいつも同じだ。俺は俺の結果を出す。それだけだ。
と、突然、後ろから甲高い声が鳴り響いた。
「おはようございます!あなたが噂の救世主ですね?私、この広報部の関口 菜美(せきぐち なみ)と申します!あなたがきてくれることをこころよりお待ちしておりました!」
「ああ、君が助けを求めていた人か。悪いが君を救う気は端から毛頭にない。助けを求めるなら他を当たってくれ」
相川が改めて断りの言葉を入れようと振り返るとそこには見事なほど、可愛い女性が立っていた。
黒髪のセミロング、護ってあげたくなるような小柄な人、可愛い顔立ち。相川は一目見てすぐに惚れ込んだ。おまけに涙顔を浮かべた表情がとても可愛らしい。…ん?
「…ってい!」
「えっ?今なんて?」
「さいってい!!!あなた人ほど最低最悪な男の人は生まれて初めてです!わかりました。もう二度と頼りません!ありがとうございました!」
「あっ。いやいやいや…えっと…これはね!」
「あなたが元いた部署に戻れるよう言っておきますから!」
関口は相川を無視して後ろを振り返り早々に立ち去ってしまった。
「あっ!ちょっと!」
その後、何とか再異動は防げたものの依然関口との関係は最悪のままであった。関口は相変わらず、仕事に追われている。聞くところによると彼女はこの問題のおかげで毎日長時間残業を強いられているらしい。
だが、相川が近づこうものなら犯罪者を見るような目をするので容易に近寄れない。無理に話しかけても無視されるか「あなたは人が嫌いなんでしょ!」と邪険にされるのがオチだった。
それでも無理に俺なら容易に解決できると申し出れば、「ずいぶんですね!さぞあなたには簡単な仕事なんでしょう!」と言われてしまい、逆効果に終わった。
もうお手上げ状態である。
相川は関口のことをすんなりと諦め、宣言どおり本当に誰のことも救わない、またいつものスタイルに戻っていった。気にしていないかといえばそうではないが、それはもう仕方がなかった。
それからまた程なくしたある月末の風の強い日のこと。
この日はやり残した仕事があり、相川は外出先から会社へ戻った。時刻は十九時を回ったあたり。といっても少しデータの修正をしたら、また違う会社へ出向かなくてはならない。オフィスに入ると関口がたった一人で仕事をしていた。
険悪な空気が流れる。会話のないままお互い自分の作業に入った。
彼女は相当追い込まれているようだった。会話をしなくても様子を見ればすぐにわかる。顔も疲れ顔だ。相川は自分のコーヒーを買うついでに関口の分まで買っていった。
ほらっと渡すと要りません!と断られたが、そのままデスクに置いて席に戻るとカコンという小さな音が鳴り響いた。
三十分ほどが
してデータの修正を終えた相川が席を立つと、何やら視線を感じた。関口がなにかを訴えようとしている。どうやら本当に困っているみたいだった。どうしようもなくなって相川に助けを求めようとしている。
「あ、あの…」
「悪い!もう今から行かなきゃならないんだ!」
相川の言葉に関口はまた涙を浮かべていた。今度は怒っているわけではないらしい。
「…そうですか。わかりました」
「あっ、だけどこの会社は二駅しか離れていないし、たぶん三十分もすれば戻ってこれるから!」
「だから…その後でも平気?帰らないで戻ってくるから」
「ぐすっ、ありがとうございます。待っています」
外に出ると雨が激しく打ち付けていた。
「そういえば今日は風が強かったからな。予報でも夜は荒れるって言ってたっけ」
慌てて傘を広げ駅へと向かった。
相川はさっさと仕事を片付け、帰りの電車に乗り込む。時刻は十九時五十二分。まだ余裕がある。しかし相川が乗り込んだ直後、近くに耳を塞ぎたくなるほどの雷が落ちた。
直後車内にアナウンスが流れる。
「ご乗車中のお客様に申し上げます。ただいまの落雷により、一部区間に停止信号が発生致しました。状況確認をし、復旧作業を致します。お忙しい中大変ご迷惑をお掛け致しますこと、お詫び申し上げます」
何と言うことだ。こんな日に限って足止めされるなんて。
三十分経っても復旧の目処が立たず、一時間が経過しても何のアナウンスもなかった。
ようやく復旧されたのは二十二時十八分。約二時間弱が経過した後だった。
彼女はまだいるだろうか?こんなに遅くなってはもう流石にいないだろうか?色々な思いが相川の脳裏を駆け巡る。慌てて社内に戻る。しかし、オフィスの電気は消され、そこに彼女の姿はなかった。
相川はがっくしとうなだれる。
「忘れて帰ったやつだと思われているだろうな。はぁ。きっとまた嫌われたに違いない」
その時、相川の後ろから甲高い声が聞こえた。
「あっ。電気ついてるっ。相川さん戻ってきてくれたのですね。私てっきり帰ったのかと思いましたよ」
「せ、関口こそ帰ったんじゃなかったの?」
「あまりに相川さんこないので、一度はイライラして帰りそうになりました。でも、その前に夜食でも食べようと思いまして。で、ご飯食べたらもう少しだけ待ってみるかとなりまして」
「そうだったのか!ありがとう!」
「なんです?急に。ちょっとあれなんですけど」
「ああ、すまない(嬉しくなっちゃったからな…)さて、じゃあ早速やり始めるか」
それから少しして。
「ええー!すごい!今まで私が死ぬほど苦労して何日も掛けていたのに、それをたった三十分で終わらせてしまうなんて!!」
「このツールを使えばさ、難しい集計は簡単にできてしまうんだよ。他にもこのツールにはいろんな機能が付いているんだぜ?」
「そうなんですか!すごいですね。今まで一から全て手入力しなくてはならないと思っていましたよ」
「えっ…」
「それにしても、ありがとうございます。こんな遅くまでお付き合いいただいて」
「手入力の部分に他にもツールを使えば…」
「私、見直しました!あなたって本当はすごく優しい人ですね。正直、あなたのことが…その…す…」
「そうか、そういうことだったのか!」
「はい!私どうやらあなたのことが…」
相川は真剣な眼差しで関口を見つめた。
「ありがとう!関口のおかげでよくわかったよ」
「え?わかりました?私の…」
「小松崎上司が言ってたこと!!今までわかっていたようでわかっていなかったんだ」
「えっ??何のことですか?」
「じゃ俺早速、本読んで復習したいから帰るわ!また明日なっ!」
関口は一体何が起きたのかさっぱりわからなかった。
「えっ?!ちょっとちょっと色々とスッキリしてないんですけど!ねぇ、私のこの気持ちは!」
「人と話すことで新たな知見を得られるってことだよ!」
学習したことは人と話し合ってみよう。わかったつもりでいてもコミュニケーションを取ることで知見を深めることができる。また思わぬ新たな知見を得ることもある。
これは一人で学習をしているだけでは得られにくい学びだ。ぜひ、積極的に人とコミュニケーションを取り、様々な知見を手に入れよう。人と話すことは成長させるチャンスなのである。
・筆者作田勇次アカウント 
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