心の在り方

いつもそこに【2】近寄る刺客

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それは前回訪れてから間も無くのことであった。
大政から「今度は報告してやる」というすぐにでも説教をしたくなるメッセージを受け取り、何事かと仕事帰りに店を訪れた。客は残念ながら、数名がバラついている限り。
充弘がその様子を眺めていると店の奥から大政が無表情のまま手招きをする。店の奥へと進んで行くとそのカウンターの脇には、まだ真新しいエスプレッソマシン・コーヒーマシンがきらびやかに並んでいる。
とそこに、見覚えのない若い男性がユニフォームを着て働いていた。
「今日から働いてもらうことになった長岡 雅巳(ながおか まさみ)さん。外資系コンサルタントの経験もあるすごい人」
大政がそう紹介すると、長岡は「よろしくお願いします。必ずやこのお店を地域一にしてみせます」と言い張った。
充弘は「どうも」とだけ言うと大政を呼び出し、長岡には聞こえない声でこう言った。
「なんで新しい人がいるの?」
「すごい熱意を伝えてきた」
「いやいやいやいや」
「エスプレッソマシン入ったし」
「いや、そうじゃなくて。人件費。かかるでしょ?!それになんであんな優秀な人がうちに来るのよ?」
「最低賃金のバイトで良いって。良い店だから盛り上げたいって」
「んなばかな。さすがにそれは怪しいでしょうよ?店なんて他にもいくらでもあるのに……。あの人はお断りしなさいって」
大政はあきらかに不機嫌そうな顔を浮かべた。
「口出しばっかり。なんもしてないのに」
突然大政が強い口調で言った。
「兄さんは働いてもないじゃん。とにかく僕は長岡さんを雇うから」
そう言うと、大政はさっさとカウンターへと向かい、長岡に仕事を教え始めた。充弘はその様子をじっと観察するしかなかった。
あくる日の休日。
充弘は朝から『くりっと』へと向かう。当然この日も観察を行うためである。一番客が充弘だったからかそれともまた来たのかとうんざりしていたのか、それはわからないがとにかく大政は、それはそれはもう本当に嫌そうな顔を見せていた。
店にはまだ大政と長岡だけである。今日は開店準備から教えていたようだ。長岡は万遍の笑みを浮かべ、注文を取りに来た。コーヒーを頼む。長岡はテキパキと要領良くこなし、もう機械の操作にもこなれた様子でさっと新しいコーヒー豆を機械に入れ、挽いた。芳醇な香りを乗せたコーヒが運ばれて来る。
香り豊かなコーヒーはそれだけで心地が良くなる。
いや、あいつが挽いたわけじゃない。機械がやっただけだ。
と、そこへ日向 めぐるが入店して来た。
お兄さん、おはようございますと声をかけてくる。その柔らかな声と可愛らしい顔立ちに充弘は笑みをこぼした。にやけ面のまま、手を振ってキッチンへと入っていくめぐるを見送る。
今日も素敵な笑顔だな。めぐるちゃんはやっぱり最高に素敵だ。充弘がすっかりと緩み切っているとカウンターにいた長岡とめぐるが顔を合わせていた。今日が初顔合わせらしい。開口一番、長岡はこう言った。
「なんて素敵な女性なんだ。こんな美しい女性は見たことがない」
長岡は心でそう思っていたのだが、ついうっかり言葉に出してしまったようだ。慌ててその言葉を訂正する。
「あっ、いや!し、失礼しました!!仕事として勤める以上、そのようなことはありませんので!!!」
「あはは、長岡さんって面白い!」
すっかりとツボに入っためぐるは長岡をおちょくるように
「本当にそんなことはないんですか?」
と少し甘えた調子で尋ねた。
長岡は目をパチパチさせながら、次の返答を考えていた。
「ぶぶー、タイムアップ」
めぐるは口を膨らませ、眉間にしわを寄せている。
と、思いきや屈託のない笑みに戻り明るく
「…なんてね。冗談ですから気にしないでください」
と言った。じゃ、一緒に頑張りましょうと付け加えるとプイッと振り返り、真顔に戻った。
そう、充弘から見ていると良くわかるのだが、めぐるは誰かとすごく楽しそうに話していても、振り返った途端、真顔になるのである。これは充弘にしか気がついていない彼女の癖だ。
おそらく楽しい思いをそっと押し殺して、仕事に集中するためだろう。その健気な仕草も彼女のすごくいいところなのだ。と充弘は思っていた。
否、悠長なことなど、とても思っている場合ではない。
充弘は今見た光景が夢に出て来て、トラウマになってしまうのではないかと思えるほどの衝撃を受けた。あいつは何をやっているんだという感情とめぐるちゃんはもしかしてその気があるのかという感情とが複雑に絡み合い、充弘の心をブルンブルン揺さぶった。思わず、店を立ち去ろうと席を立った。が、逃げたところで何も変わらない。充弘はふらふらとトイレへと駆け込んだ。
「くそっ!あいつ!」
充弘は洗面台を強く叩く。しかし、ただ怒りに身を任せていても解決するわけではない。
冷静になろうと冷水でパシャパシャと顔を洗い、考えを巡らせる。
一体どうしたらいい?やっぱり奴を追い出すか。しかし、そんなことをすれば、大政の信頼は落ちる。となると、客として毎日来て見張るか。それも、あまり現実的ではない。では、くっつくのを自然に待つ?いやいやいやいやありえんだろう。ってことは…いやしかしなあ。
そんなことを考えているとバタンとドアが開いた。長岡だ。
「何しにきたのかな?!」
「嫌だなあ。私はトイレ掃除をしに来ただけですよ。朝一番でやりましたけど、お客さんが来る前にもう一度やっておこうと思いましてね」
長岡の得意げな表情がさらに充弘を苛立たせる。
「ところで、長岡さんはなぜこんなところに?」
「大政さんにも言いましたけど良いお店だと思ったものですから」
そういうと、長岡は続けて言った。
「お兄さん、ライバルですね」
「誰がお兄さんで誰がライバルだ!!」
充弘はトイレを後にするとそのまま大政の元へと駆け寄る。
「決めた!」
「なに」
大政は相変わらずの冷たさである。
「俺も週末だけだけど、ここの手伝いをする」
「副業禁止でしょ。いらない」
大政は速攻で答えた。
「いや、いらないってことはないよね?兄貴なんだし」
「いらない」
またも、即答する。
「とにかく!週末は働くからみんなよろしく!」
こうして半ば強引気味に充弘は手伝うことになった。
ふうと大きなため息をつくと、大政は
「兄さんは多少手伝いに来ていたんだから長岡さんに教えて」
とだけ伝えてからキッチンへと戻っていった。
「給料出せないけど?」
大政はひょこっと顔だけ出し、確認する。
ボランティアでいいと伝えると、大政はあっそうとだけ言った。
「あと、今日から…いや、もう今から手伝って。ユニフォームあるから、よろしく」
そんなことで充弘がメンバーに加わり、教えたくもない関わりたくもない、むしろ外へ押し出したくてたまらない長岡に、手取り足取り教えなくてはならない日々が一ヶ月近く続いていた。充弘はそれだけでも堪えかねないことであったが、それより何より日を増すごとに仲良くなる、長岡とめぐるの関係の方がよっぽど堪えかねる光景であった。
自分ももっとめぐると仲良くなりたいが、何せ通常の仕事があって平日は来れない分、長岡にアドバンテージを許してしまう。
「あはははは、長岡さんおもしっろーい!なんですか、そのPDCAサイクルって。プーでデブでかわいそうなくらいアホな人って意味ですかー?はははははー」
「いや、PDCAサイクルっていうのはですね。プラン・ドゥ・チェック・アクションの略でしてビジネスにおいてとても重要な…」
その様子を唇を噛んで見続けていると、後ろから突然声をかけられた。
「充くん、うかうかしていると取られちゃうわよ〜。ほらあなたもここでぼさっとしてないで、めぐるちゃんの心をガシッと掴まなくっちゃ。乙女の心というものはいつ動くのかわかりませんよ。ほら、早く行きなさいって。いいのよタイミングなんて考えなくたって。ババっと言って話出せば二人とも充くんの話を聞き始めるわよ。それで話題をかっさらっちゃえばこっちのものよ。大丈夫よ。えっ?それでも行きにくいの?じゃあ、おばちゃんが言ってきてあげようか?それでおばちゃんが長岡くん連れてけばいいわよね?あらそう、いいのね。遠慮しなくていいのに。あっ、それはそうとね、こないだの駅前に出来るオフィスビルだけど、相当社員数も多いところが何社も入るみたいよ。ついにこのお店にも恩恵を受けることが出来るようになるかしら。良い話ばかりじゃないみ…」
「たえさん、わかりましたから。さ、仕事に戻りましょうね。僕も今行きますから」
たえさんを押してキッチンへと戻る。
「あはははは、ぱーっとどーんとちゃちゃちゃーっとあれれー?の略ですかー?」
「一言もあってないじゃないですか。だからですね、PDCAサイクルとは計画を立てて…」
ちらりとカウンターを覗くとまだ二人は仲よさそうに話しをしている。
それにしても、客が全く来ないことに充弘は不安を感じていた。
・筆者作田勇次アカウント 
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